4月1日
4月1日。夕暮れの教室で俺は一人の少女と語らっていた。
「なあ、夕奈。昨日立てこもり事件があったの知ってる?」
「知ってる知ってるー。ここからすぐ近くのファミレスだよね?」
「そそ。実は俺そこにいたんだよ」
「うそっ! あ、だから今日明人くん部活休んだんだね。でも、なんで部活が終わってからきたの?」
「ちょっとした気分転換だよ。あれ、本当に怖いからな?」
今でも思い出しただけで顔面蒼白になりそうだ。
「ちょうど昨日の帰りかけになんとなく小腹が減ってさ。ファミレス寄ったんだよ」
「さみしいね」
「それは言うな!」
水を差されたことに少し苛立ちながら言い返す。夕奈を誘おうと思っていたことは秘密にしておこう。結局その方が良かったし。
「それでだ。俺が入店して適当に注文した時、そいつはやってきたんだ」
「そいつって?」
「銃をもった強盗だよ。覆面かぶっててさ。もう俺は強盗だぞー! って言ってるみたいだった」
「そ、それで? 明人くんはどうしたの?」
「俺? 俺は気づいた瞬間机の下に隠れたよ。本当は窓ぶち破って逃げようかと思ったんだけどさ、突き破れるほどガラスが脆いわけないじゃん? だから隠れてやり過ごそうと思って」
「良かった…」
胸に手をやって心底安堵したように息を吐く。その動作も俺には様になっているようにしか見えず、つい目をそらした。
「それでさ、ことの成り行きを見守ろうと思ったんだ」
「なんかやけに冷静だよね。明人くんってそんな冷静な人間だっけ?」
「あー……人間って極限状態になるとそうなるもんじゃね?」
「そうなの、かな?」
「そうだよ。陽が沈むまで時間ないしササッと行くぞ」
「はーい」
少し伸びのある声で返事をしたのを少し照れが混ざりながらも確認して、俺は続けた。
「んで、事の成り行きを眺めていたらさ。犯人が急に銃を突き出してよ。『殺されたくなきゃ袋に金を詰めろ!』ってこれまた典型的な脅迫で傑作でさ! 思わず笑っちまったよ」
「あははは! 本当だね! もうちょっとひねってほしいよね!」
「本当だよまったく。そしたら笑うこともなかったのに」
「それでそれで! そのあとは!」
「そのあとはだなぁ。必死でお金を詰めるわけよ。店員がレジのお金を。んだけど、こっからが凄いんだ」
俺は少し声のトーンを落とすと、夕奈は神妙な顔つきで俺を見る。
その顔に見惚れていたいのはやまやまだが、こっからが盛り上がりなんだからそんなことはできないのが悔やまれる。
「店員が袋に詰め終わった後、サイレンが鳴ったんだ。――つまり警察だな。警察が来てさ。ファミレスを囲んだんだ」
「じゃあ騒ぎに気づいた外の人が通報したってこと?」
「いや、知っての通りあのファミレスは少し目立たないところにあるから人目に付きにくいだろ? だからこそ強盗ができたわけだし」
「そういえばそうだね。じゃあ店内の誰かが通報したってこと?」
「そういうことだ。そっから恐慌状態に陥った犯人は銃を持ち出して「誰が通報したんだ!」って大騒ぎ。……実は俺だったりするんだけどな」
「へええ! よく通報できたね!」
「俺だからな。まあそのせいで危険な状態になったんだけどさ。少し省略して、俺が通報したってことがバレたんだ」
「え!?」
「驚くことも無理はないだろう。俺も吃驚したからな」
「で、でも大丈夫だったんだよね?」
「あーそこらへんも追々な。それで俺だってばれたわけだけどさ。…物騒な話、殺されそうになった」
「そんなっ! あ、でも今ここにいるってことは殺されそうにはなっただけ、だね」
「そそ。相手の恐慌状態を鑑みれば相手を制することも楽なんだわ」
実際怖かったけど。怖かったけどさ!!
「相手の銃を手刀で落とし、足払いで転ばせる! 俺の十八番なんだけどなかなか綺麗に決まってさ。そのまま後ろに回り込んで抑え込むように手を捻って終わり。チャンチャン」
俺がやれやれと手を広げて首を横に振ると、夕奈はパチパチパチパチと拍手をくれた。
俺はそれに手あげながらさながら政治家のように答える。
「すごいね明人くん! 流石明人くんだよ! いよっ、明人くん!」
「ありがとうっ!」
ひとしきりコントのようなやりとりをして収まった後外を確認すると、すでに夕日はくれそうになっていた。
「そろそろ帰るか」
帰る方向は一緒だ。ちょっと伝えたいことも…。
「それで?」
「えっ?」
俺と夕奈しかいない静まり返った教室に、夕奈の澄んだ声は良く聞こえた。扉に向けた体をまた夕奈に向けると、やけに真顔な夕奈がそこに佇んでいた。
「それで?」
また、同じ言葉を繰り返す。
「それで、ってなんだよ」
はぐらかすように俺が言うと、哀しそうな顔をした。わからない。なんでそんな表情をするのか。
「それで、どこまでが嘘なの?」
「…………はっ?」
「どこまでが嘘なの?」
まさか、ばれた?
「ば、嘘って、なんのことか…」
「答えて!」
夕奈の叫び声が耳の奥で反響する。…ばれたならしょうがない。
「悪いな。全部嘘だよ」
俺は開き直るようにぺらぺらと語る。
「ほら、今日ってエイプリルフールだろ? だから昨日起こった事件を使って嘘をつこうと思ってだな。それにしても俺嘘をつく才能ないのかなぁ。こんな簡単に――」
「うそだよ。それも嘘」
ぎくり。
言葉を不自然にとめて半笑いのまま夕奈をみる。
さっきより悲しそうな顔で俺をみていた。
一度窓の外を見る。夕日は既に半分まで山に沈めていた。息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
「…悪かったな。本当のことを話す」
一拍おいて、口を開いた。
「俺が通報したって言うのは本当。ばれたって言ったのは本当」
「うん。でも、さっきの話だと倒したって」
「ああそうだ。でもな」
一拍。
「俺は撃たれた」
「ッ!」
「そして、店員も俺だ。つまり、必死に鞄に金を詰めていたのは俺。通報したのも俺。最後に撃たれたのも俺だ」
「え! …で、でも………ぇと」
明らかに困惑した夕奈に苦笑しつつ、多少自分の評価を上げようと思って弁解する。
「でも、さ。そのおかげで犯人は動揺して、そのあとすぐに警察に捕まった……みたいだ」
「み、みたいって…?」
「そのあと気を失ってさ。次に目が覚めたら病院でこの状態だったわけよ」
両手で下を指さす。その誘導のままに夕奈が視線を落として、絶句した。
俺の脛の中央あたりから下がなくなっているからだ。
「し、しん………!」
「いや」
死んだ、という問いかけを即座に打ち消す。
俺の今の状態は魂が抜け出た存在、と勝手に理解してる。でも、つまり体が死んだら完全に死ぬってことで。
「俺の峠は今日の日の入りから日付が変わるまで、らしい」
「っ!」
「まて!」
駈け出した夕奈を呼び止める。
「俺の話を聞け!!」
「でも! 明人くんが! 明人くんが!!」
「俺はここにいるだろ? 夕刻まで時間はある。だから俺の話を聞いてくれ!!」
「でもっ!」
「でもじゃない!」
夕奈の叫び声を、さらに上回る声で叫ぶ。
「俺がここに来た理由は二つ! 心残りができないようにお前と駄弁ること!」
「そ、そんなことより……」
「二つ!! 俺は……俺は夕奈のことが大好きだ!!」
「え…」
「俺がファミレスでバイトしていたのはお前にプレゼントして、それにかこつけてデートに誘うため! すでにそのプレゼントも予約済みだっ」
「ええっ?」
「給料も本当なら今日入る予定だったのに…そんでもって今日中にデートに誘うつもりだったのに……ちくしょうめ! なにが強盗だ! 呪ってやる!」
好きな奴の前で全部ぶちまけて息を荒げる。夕奈は顔を赤らめて表情を百変化させていた。
「あ、あのあのあのあの! 私はどうすれば…」
「…待っていてくれ」
「えっ?」
「この告白を受け入れてくれるなら、今は返事をせずに待っていてくれ」
「…わかったよ。そのかわり」
「なんだ?」
「私も、言いたいことが」
「なんだ?」
「そ、それはね…私もあき……」
夕奈がなにか言いかけた瞬間。俺は光の粒子になり始めた。
蛍の光のように、淡く発光して、次々と空に上がっては消えていく。
「こりゃ、お迎えかね?」
「何悠長にいってるの! やだ、やだよ! 死んじゃ嫌だよ!」
必死にその光を掴もうとするが、すべて指の間をすり抜けて消えてしまう。
「…夕奈」
「な、何…?」
涙を目に溜めながらまだ必死につかもうとしている。俺はその頭に軽く手を置く。
「まだ俺が死ぬと決まったわけじゃないはずだ。だから、あとで俺の身体を見舞いに行ってくれよ。そしたら案外向こうで目が覚めているはずだからさ」
「うん…! うん…!」
「それじゃ、またあとでな」
いつものあいさつで別れ。
その意図を察して彼女も泣き笑いを浮かべて
「またね!」
と返してくれた。そろそろ全身が光に包まれ。
暗闇が俺を襲った。
◆
桜が散り、新入生も学校に慣れ、少しむっとする夏がくる。その熱い夏が過ぎるとあっという間に秋が過ぎて、夏は真逆で紅葉も散る冬が来る。でも、その先に春があって、桜がまた満開の花を咲かせた。
あれからちょうど一年も経った。
ふと、思う。私があの時、返事をしていたら、と。
勿論、『もしも』の話だから何とも言えない。でも、あえて『もしも』を考えると、彼は、明人くんは消えなかったんじゃないのかなって、私は思ってしまう。
「ねえ…ホント、ひどい」
墓地にある墓石に水をかけながら一人愚痴る。
告白されたとき、私はとてもうれしかった。でも、でも…幽霊だったから素直に喜べなかった。
「ひどいよね、ホント……」
結局、その場で泣き崩れて、あっという間に一時間も経ったところで先生がきて、そのまま病院行って。
「はぁ…」
また墓石に石をかけた。ちょっとやりすぎかな、って思ったけど気分次第だろう。
墓周りを箒で散った桜や葉っぱを集めて近くにある山に捨てる。それだけで腐葉土になるんだから山は偉大だね。バクテリアだっけ?
お供え物はやっぱり大福? それともみたらし団子? 死者が甘いものを好むとは思わないけど、大好物だったよね。いつもパクパク食べてたし。
「さて、そろそろ行こうかな。ここ家から遠いんだよ? 電車でこれる範囲でよかったけど、疲れるんだから」
まったくもう。最後にもう一回水をかけてここのお寺の備品を返す。あとは鞄とかに蝋燭やライターをしまうと、手を合わせる。
私がそっちに行くのはまだだいぶ先だけど、天国で見守っててね。
たっぷり数十秒使って気持ちを届けたあと、鞄を持って墓地から出た。
「終わったか」
「終わったよー。でもごめんね、こんなことにつき合わせちゃって」
「いいって、別に」
「でも・・・」
「夕奈が行きたいって言った場所だしな」
「うん…でもデートには向いてないよね」
「デートかぁ」
どこか感慨深そうに彼は呟く。私も一年前のことを思い出し、少し眉を顰めた。そのことにすぐに気が付いた彼は私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「頑張って生きた結果だよ、これも」
「…そうだね」
「そうしけた顔をするな。そろそろ行こうぜ。俺はもうちょいこの自然を眺めていきたいけど」
「きれいだもんねー」
桜の木があたりを埋め尽くす。時々梅の木もあるけど、それはご愛嬌、なのかな。
少しぼぉっとみていたけど、ふと時間が気になってみると、お昼を過ぎようとしていた。
「あ、時間が!」
「うおっ。とりあえず昼食おうぜ」
「そうだね」
私は彼に手を伸ばし、微笑んだ。
「いこ、明人くん」
彼の名前を呼ぶと、笑顔で「おう!」と答えた。
墓地に背を向け山を下る。
そういえば、と顔だけ振り向く。
「明人くん、今度は二人でおばあちゃんに挨拶しようね。今回みたいに「ゆうきがないー」って言わずにね」
「あー…そうだな」
少し言葉を濁す明人くんの足を思いっきり踏む。
「し・よ・う・ね?」
「は、はひ・・・」
「うん! じゃあいこっ」
私は彼の手を引っ張って少し駆け足になりながら山を下って行った。
読んでいただきありがとうございます。
エイプリルフールということでのってみました。