分からないこと 大事なもの
このお話で完結です!
火曜日、ちょっとのんびりと朝食をとっていると突然母親に呼ばれた。
「元也、章君が迎えに来てるわ。」
その言葉に慌てて残りをかきこんで鞄をひったくるようにして厳寒に飛び出る。
目の前には、朝日にきらきらと黒髪が映えている恋人…章が立っていた。目が合うと、とても優しく微笑んでくれる。
「おはよ、元也」
「お、はよ…」
妙に照れてしまう。
ちょっと下を向いていると、母親が様子を見に来た。
「この間はありがとうね、章君」
「いえ。同じ高校に行ってるのに気づけなくて…」
「そんなことないわ。章君がいなかったら今日は学校になんていってなかったと思うし」
それは事実だ。
章、という支えがないとあんなことをしでかした人たちのさなかに飛び込む勇気はない。たとえ河野が気を張ってくれ、生徒会や風紀委員会の人たちが気を配ってくれていたとしても無理だったと思う。
「章君、元也の事よろしくね。」
「…まるで引率者になった気分です」
「ふふっ、一生、よ?」
その含み笑いに驚愕に目を見開いた章は俺のほうを見てくる。
あとで説明するよ、と目で言うと呆れたように俺を見てからまた母さんの方を向いた。
「もちろんです」
「まっ、良かったわぁ」
そう幸せそうに言ってくれる母さんは本当にいい人だと思う。
俺は手を振って章と学校へ向かった。
「で?もうお母さんには話したということか?」
「うん…。起きたことを話す中でついポロリと…」
それなのに「あらぁ、良かったわね。私も嬉しいわぁ」と言って済ませられたのだからうちの母さんはある意味最強だと思う。
「…まぁ、昨日の今日であれだけ信頼してもらえたんだから良かったけど」
「……章」
苦笑する章の手を握る。
こんなことを話す通学路も久しぶりだ。
それがとても嬉しい。きっとこれから毎日続くんだろう。
キィ…
一つの家の柵門が開く。
「あ…」「やべっ」
俺たちの姿を見つけて気まずそうな顔をする二人の顔。
俺たちは奇妙な顔をしていると思う。
「河野…先輩とそんなに仲良かったのか…?」
「え?あー…まぁ金曜にちょっと色々あってお持ち帰り?」
「…お持ち帰りじゃないだろうっ」
真っ赤になった松山先輩がなんかちょっとかわいそうだ。
あ、と思い出して松山先輩の方を向く。
「先輩、先日はありがとうございました」
「ん…いいよ、あれを止められなくてごめん」
「いえ…」
ちょっとだけ切なそうな顔をした先輩が気にかかったけど、それは先輩が責任感のとても強い人だからだろう。
河野と章が内緒話を始めてしまったのでちょっとだけ二人で立ち話をする。
「先輩、河野のこと好きなんですか?」
「すっ…!?」
あれ?直接的過ぎたかな…
「恋愛感情じゃなければ好き…だよ?
れ、恋愛感情ではなければ、だからね…?」
「うわっ、本当ですか!」
思わず大きい声になってしまい章たちがこちらを見てくる。
ただ、何を話していたかまでは分からなかったらしく首を傾げて俺たちを見ている。
だけど多分、松山先輩恋愛感情でも河野のこと好きでしょ!
だってちょっとだけ顔赤いし。
それからすぐに章たちも話が済んだのか今度は四人で学校へ向けて歩き出した。
松山先輩が俺たちと一緒にいたら駄目なんじゃないかなー、とか思ったけど本人達は全く気にしていないようなのでまぁいいかな…?
校門の近くまでいくと、やはりこのメンバーでいるのは奇異の目で見られる。少しだけ、帰りたい気持ちかも…。
「篠崎君、今日臨時の生徒会総会が行われるんだ。
昨日生徒会メンバーと風紀委員のメンバーで決めた。」
あまりの仕事の速さに唖然とすると、河野が何故か笑っていた。
先輩は一瞬河野のほうを睨んでから続けた。
「だから、本当の終わりは今日だと思って」
その言葉に慌てて頷く。
そうだ、この間のことが失敗だったとか…知らない奴もきっとまだいる。だから今日の朝までは続くんだろう。
「分かりました、大丈夫です」
俺には親友も恋人もいるから。
その気持ちを込めてうなずいて見せると、なぜか先輩は切なそうな笑顔をして、頷き返してくれた。
松山先輩と河野はそれからすぐに今日の生徒会総会の準備があるから、と体育館の方へ向かった。
章と二人で肩を並べて教室の方へ向かう。
章はちょっと離れたクラスなのに俺のクラスにまでついてきてくれた。きっと、逃げ出したくなる俺を支えるためだろう。
深呼吸をして、隣を見ると章もどこか緊張して見えた。
それでも触れるか触れないかの距離にある手からはじんわりと体温が放たれているのを感じる。
「大丈夫、行っておいで」
章は優しく頭を撫でてくれる。
「うん」
だから俺もできるだけ元気に言葉を返し、教室の扉を開けた。
「うそ…」
「なんであいつが…」
その言葉は、俺がここに入ってきたことへ向けられているのだろうか?
それとも、章と一緒にここまで来たということを知ったからだろうか。そのどちらでも俺は構わない。
もう、他の人たちに怯える意味はないから。
「おはよう」
にこりと笑ってみせる。
気まずげに目を逸らすクラスメイト達に、それでももう一度言った。
「おはよう、皆」
この言葉にこたえを返してくれる人が現れるのは何時だろう。
それでも、これから毎日この人たちに言っていくんだ。
生徒会総会では、会長がキレる、というところから始まった。
「お前らガキ以下だろう!!!!!!
人としてあるべき姿を忘れておいてよくこの学校の敷居をまたいでいられたものだな!」
その会長も強面なイケメンなんだけど、やっぱり恐れられているから皆縮こまって聞いている。
堂々としているのは一部の人たちだけだ。
その次に風紀委員長が処分報告を行った。
俺のクラスの奴らでも特に悪質なことをした奴らは自宅謹慎を言い渡される。白川は退学処分、あの体育教師は逮捕されたそうだ。
「…さて、自宅謹慎を言い渡された者たちは今すぐ帰りなさい」
眼鏡の奥の視線が怖い。
一番前の列に座る俺のクラス。
そこから立ち上がって体育館を出て行く、ということは「俺がいじめをしました」と皆に宣言しているようなものだ。
隣の方を見ると蒼白な顔をしている人たちが何人もいる。
助けを求めるように生徒会や風紀委員会の方を見ている。
だけど、見事にイケメンのそろった生徒会、風紀委員会の面々は誰もそれを見ることはなかった。
誰かに同情で動かないこと、周りに迎合しすぎない、客観的に物事を見つめる。それがこの学校でこの二つの委員会の面々を選び出すときの絶対条件。憧れ、というものも持たれるべきだろう、という意味でだろうか、それとも自分に自信を持っている人たちはあの人たちしかいなかったということか、全員が美形。
彼らを選んだのがミステイク…だったんだろうな。
誰も命乞いに目を向けたりはしない。
「さぁ、早く出て行け」
会長がそう言う。
名前を最初に呼ばれた男子が立ち上がった。
出て行くのか?と見てみると何故か俺のほうに歩いてくる。
「ぇ…何」
風紀委員や生徒会メンバーが厳しい視線を送る中、彼は突然俺の前に立ち、それから土下座した。
「頼むっ!
許してくれ!!謹慎なんてなったら…俺の将来めちゃくちゃだ!」
悲痛な声だ。
それを見て他のクラスメイトも次々に同じ事を始めて同じようなことを言い出す。
なんて…ずるいんだ。
「ねぇ…ずるいよ。
こんなことしてさ、許さなかったら俺、ただの嫌な奴じゃん」
俺の言葉に、他のクラスの奴らが反応する。
「だってさ、土下座までしたやつを、結局大事にまで至らなかった俺が許さなければ、また俺は除け者でしょう?いじめにはならないかもしれないけど。」
思わず笑顔さえ浮かんだ。
自分のやったことを本当に後悔している奴は「将来が滅茶苦茶になる」なんて言い方はしない。
しばらく静寂に包まれた体育館。
不意にざわめきが聞こえだす。
そちらの方を向くと、いままで学校では殆ど喋らなかったという松山先輩が風紀委員長からマイクを借りている所だった。
「…処分は妥当なものだ。変える気はないぞ」
この間聞いたのや朝の声とは全く異なる硬質なもの。
「だが…本来はお前達全員を警察に引き渡していたんだ。
それを、篠崎君の意思を尊重して君達がやり直せるようにこんなに簡単な処分で済ませてやってるんだ、むしろ感謝を叫んで土下座し続けていろ」
…やっぱり毒舌じゃないかな…。
生徒会のメンバーや風紀委員長、河野は平然としているけど他の風紀委員や一般生徒はぽかんとしている。
ちらりと土下座していた男子生徒たちをみると、自分達の作戦が失敗して、さらに滑稽なものとして見られたと気づいたらしい。
「くそっ…!」
俺を皆憎憎しげににらんで逃げるようにして体育館を飛び出していった。
残された一部のクラスメイトは気まずそうな顔をしている。
彼らがやったことは「何も見ていない」というふりをしたことだ。
だから、謹慎にまでする必要もないと思う。
そんなことを思っていると、松山先輩はまた話し出した。
「…私はこの委員会に入るときに委員長と生徒会長に言った。
『学校の者を警察に引き渡すような事態になればそれがいかなる状況であってもわたしはそうする』と。
それでも良いと言われたからこの委員会に入った。」
静かな声。
また体育館に静寂が戻ってくる。
「私達はすでに社会的集団に入っている。迎合も義務であり、法や倫理に基づいて何を許されるのかを判断するのも義務だ。
許すことは義務ではない。権利だ。だが罪を償うことは義務だ。
なにが義務で権利なのかを考えろ。そうでないかぎりこの、学校という社会的集団に属することは許されない」
一瞬、河野が顔をゆがめた。
それがなんなのかは分からなかったが、松山先輩のいう言葉の意味は分かる。
迎合も義務…分かり合おうとすること。迎合、なんて言いかたをしたのはきっと自分の思い通りではないものにも妥協しなければならないのがこの、学校という場所だから。
なにが義務で権利なのか、なんて見極めるのは簡単なことではない。 それでも、なんだか松山先輩の言うことを、誰もが深く噛み締めていた。
今度は河野がマイクを取った。
「きっと俺たちはもっともっと間違える。
いつか取り返しのつかない事態だって引き起こすかもしれない。
それでも、一人では分からなかった間違いを、皆で正せばいい。
社会的集団、っていうのは皆で学ぶ場だ。
今回の過ちを繰り返すな。」
優しい言葉。
「次」があるのだと暗に教える言葉。
俺たちの心に深く深く刻まれていく。
数秒後、送れて拍手が巻き起こった。
それから数ヶ月もすれば、完全に以前と同じとまではいかないもののまた日常が戻ってくる。
数ヶ月の途中で入ってきた、章のクラスの転校生とも仲良くなって、また皆で笑いあえている。
ひょんなことから生徒会や風紀委員会のほかの人たちとも面識も出来た今、俺をいじめようなんて思う奴はいなくなった。
「章」
「ん?なんだ」
「…なんでもない」
何より、俺と章が堂々と付き合うようになったのも関係してると思う。章に手を出す、と言う考えを持つ人たちはいないから。
「元也」
「ふぇ?何」
笑った章は俺の携帯を指差した。
チカチカと光っている携帯を見てみると、メールが届いている。
「大好き」
それだけ書かれたメール。
大事に保存していた「おはよう」だけが書かれたメールは消えた。
その代わりに、今ではもっともっと大事なメールがあふれている。
俺は幸せな気持ちになって返信を打った。
このお話までお読みくださりありがとうございました。
よろしければご意見・ご感想等お寄せください。
本編完結しました!お付き合いくださり本当にありがとうございました。
これからはこの学校のほかの面々を描いた作品も書いていこうと思っていますので、よろしければこれからもお付き合いください。
それでは、本当にこのお話までお付き合いくださりありがとうございました!