忘れられない日
今回はかなり長いです!
それからしばらく、俺が泣き止むのを待ちながらも二人で色んな話をした。
「なぁ、全然気づかなかった」
「だろうなぁ、最近はそんなにおかしくないとは言っても男が男を好きになるなんて…自分に降りかかると思ってねぇもん」
うん、と頷いた章はもう一度俺の頭を撫でた。
まるで俺の方が年下みたいな扱いに「やめろよ!」というと笑ってくれる。そんな日常が酷く愛しく感じられた。
「…さて、そろそろ行くか?
河野たち待たせんのも悪いし、……白川もいるから」
知美、と呼ばなかったことに何故か少し喜びを感じる。
あの女は、もう章の特別ではないんだ。
それでも、保健室の近くまで行くと足がすくんだ。
味方が四人もいて、相手は女子一人なのに情けなくもなってきた。
「大丈夫、俺がいるだろ?」
そう嘯く章に頷きはしたがどうしても足が震えてしまう。
それを見かねたのか、章は不意に俺の腕を掴んで自分の服のすそを握らせた。
「…章」
「これで平気か?」
プレイボーイめ、といいたくなるような笑顔に、ちょっと照れながら頷いてみせると章は「…こっちが恥ずかしい…」とぼそりと呟いて歩き出した。
大丈夫、章がいる。親友も、俺の目を見てくれる先輩、先生だってちゃんといるんだ。
ガラリ
保健室の扉を開けると、河野たちが俺たちを見てきた。
大分落ち着いた様子の俺に安堵する河野たちがいる。
そんななか、白川だけは安堵したような表情を浮かべる中で俺が章の服を掴んでいるのを見つけ凝視していた。
彼女の視線が俺と絡んだ瞬間、その瞳から憎悪が放たれる。
「元也、もう平気か?」
柔らかい口調の河野に俺はちゃんと目を見て答えることが出来た。
「あぁ…迷惑かけて悪かった」
「だから迷惑とか言うなよ!親友だろうが」
ちょっと眉をしかめて見せた河野に笑うと、ほんとうに安心したようなため息を吐かれる。
後ろでその様子を見ていた風紀委員の先輩が俺に声をかけてくる。
「話は出来たのかな?…平気だったら聞かせてほしいんだけど」
その言葉に、俺は一瞬章と目を合わせてから頷いて見せた。
心なしか、白川の表情が硬い。自分だということがばれるのではないかという緊張なんだろうか。だったらやらなければ良かったのに。
じっと見てしまっていたのだろうか、白川は俗に綺麗と評される顔にあからさまなまでの動揺を浮かべて言った。
「何かしら、私の顔に何かついてるの?」
「いや…そんな綺麗な顔してさ、馬鹿なことやったよなって思って…」
その言葉に反応したのは白川だけではなかった。
「は?」
「え、どーいう…?」
河野と先輩も驚いたような顔をして白川の顔を凝視する。
先生だけは、俺の言おうとすることを一字一句聞き逃すまいとするかのように硬い表情をして俺を見ていた。
「あの、さ…なんで俺にあんなことしてんの?
章と一緒にいるからヤキモチ?でも、これって犯罪じゃん…」
どうしても相手の反応を窺うような口調になってしまうのはいたし方がない。
白川はまるでZ級映画の悪役にでもなったかのように安っぽい言い返し方をしてきた。
「どういう意味よっ!私に誰かさんの罪をなすりつけようっていうのかしら?そんなことだから弁当を焼却炉に投げ込まれたりするんでしょう!」
「は?え……俺の弁当、焼却炉に投げ込まれてたの?」
どんだけ馬鹿な女なんだ?周りの評価は本当に当てにならない。
こんな女とよく付き合ってたな、という意味を込めて章を見ると、章は引きつった笑いを浮かべていた。…知らなかったのか、やっぱり白川は猫かぶってたんだな…。
俺たちの反応に自分が失態を犯したと気づいたらしい。
「あっ……!そっ、それはこないだ篠崎君のクラスの友達から聞いて…」
その言い訳に、こんどは風紀委員の二人が詰め寄る。
「は?章の親友がそんなことされてるって知っておきながら黙ってたわけですか?」
「それって自白だよね、ちょっと笑える」
先輩がさりげなく毒舌だっ!
「そっ、そんなわけないでしょっ!
第一、ほかに何か私が犯人だという証拠でもあるの?」
今時こんな台詞を言う犯人はテンプレすぎて需要無いんじゃないのか、なんてことを思ってしまう。
さっきまでは足がすくんで動けなくなっていたって言うのに、信頼できる人がいるだけでこんなに違うなんて驚きだ。
先輩は薄ら笑いを浮かべて、今度は俺達の方を見た。
「二人はどうして彼女が犯人だって気づいたのかな?」
章はにこりと優等生っぽい笑顔を浮かべてさっきの紙を渡した。
「この文字、白川のものと特徴から字体から酷似してるものですから。
それにこの写真、俺が白川に言われて転送したことあるんで」
呼び方が、白川に変わってしまったことに気づいた白川は一瞬目を見開いてちょっとだけ泣きそうに顔をゆがめた。
「ふーん、馬鹿だね白川サンって」
風紀委員の先輩は容赦が無い。
はっきりいってもう詰んでいるんじゃないのか、という状況なのに首を横に振って「私じゃない!」と言い張る白川。
その様子を見かねたのか、先ほどまでずっと黙っていた保険医の先生が口を挟む。
「知美ちゃん、皆はこういっているわ。
それでも違うって…あなたが犯人だったときには学校にいられる資格を剥奪される覚悟でいえるのよね?」
退学を揶揄された白川の顔が、まるでホラー映画の被害者のように蒼白になる。
「ぁ…ちが……私、悪くないもんっ!」
突然開き直ったのか、今度は俺にむかって攻撃してくる。
「あんたみたいな勉強も出来ないクズが私の章に近づくからっ!
そのせいで今日は誕生日なのにっ、せっかく閉じ込めたのに台無しになったし!なんで私が悪いのよ!実力も無いくせにここに来たりするからっ」
「いい加減にしろよ?」
なおも言い募ろうとする白川を止めたのは、元彼…つまり章の地を這うような低い声だった。「ひっ…」と白川の顔が引きつる。
「俺はお前のもんじゃねぇ。
実力がない?お前みたいな面と向かって言う度胸もないやつよりも毎日努力し続けてる元也のほうがずっと良いだろうが」
そのことばに、河野はいつもみたいな笑い方で加勢してくる。
「そーそ。いっくら学校一美人とか持て囃されたって駄目よ?
自分を向上させること忘れた奴は綺麗なんかじゃないから。
あんたよりも元也のほうがずっと章の恋人にお似合いだわ」
思わず河野のほうをみると、河野はにやっと笑ってきた。
…気づかれてたんだ。先輩のほうをちらりとみるとそちらも気づいていたようで特に反応は無かった。
圧倒的不利、と気づいた白川は泣き崩れた。
その様子を見て、ちょっとだけ可哀想な気もする。
俺が惚れた人は、どんな人からも愛されてしまうくらいに魅力的だから、それをつなぎとめるのはさぞ辛いんだろう。
それでも、もうだめだ。
俺は泣いている白川の肩を叩いた。
「…ぐすっ。なによっ」
「……ねぇ、諦めてよ。
章を一回は自分のものに出来たでしょ?そのチャンス逃したの自分じゃないか。もう……章は俺のものだから」
煮えたぎるような憎しみの視線。
きっと、本当に好きで好きでたまらなかったんだろうと思う。
それでも、選択を間違えてしまったのは白川だから。
俺はどんな慰めも口にしなかった。
話が済んだと見たのか、先輩が俺に声をかけてきた。
「篠崎君、大丈夫かな?」
「はい、えっと……」
「ん?」
「名前…聞いて無かったです」
「あー……松山 風雅っていうんだ。結構有名な方だけどね」
松山 風雅。聞いたことはある。
この学校で不良、一般生徒、教師のどの人たちからも恐れ、慕われている風紀委員。…あれ?
「え?松山先輩って…話に聞いてたのと全然違う……」
話で聞いた限りでは、いつも無表情で殆どしゃべらないけどなにか口にするときには絶対に敬語で必要最低限のことだけ。
美形だ、といううわさは本当っぽいけど、無表情にも無口にも思えないんだけど。っていうか品行方正とかいう噂もあったけどそんな人があんな悪態つきまくるのかな。
「あぁ、仲良くなった奴らにはよく言われるよ。
それよりも、白川の処分とか他の奴らの処分は風紀委員会と生徒会でやるからね」
処分、というとどんなものをするのだろう。
俺が少し首をかしげたのが目に入ったのか、河野が説明してくれる。
「生徒の方は停学とか……最悪退学とかそれ以上だと警察だけど。
あの体育教師に限っては即、教員免許剥奪して警察行きだね」
くだらないことに学校で劣っている俺ひとりを、ヤキモチとかくだらない理由でいじめたことで人生を狂わせたのか。
なんだか悪い気もする。
「…元也?何を考えてる」
「んー……章を好きになって悪かったなーって」
「…そういうことを公然と言うのはやめましょう」
章は額を押さえている。
河野たちも苦笑いをして俺を見ているが訳がわからない。
あ、と思って河野を見る。
「なんで河野、松山先輩と一緒にいたの?」
松山先輩って一人が好きだったんじゃ。
「あぁ、それは俺たちが」「河野君、それ以上なにか言ってごらん、ここで殺人事件が起きちゃうよ?」
物騒なことを言ってくるが、河野はいたって平気そうだ。
なんとなく…なんとなくだけど掴めた気がするのでまぁ詳しくは今度河野だけのときに章と一緒に問い詰めよう。
保険医の先生が苦笑しながら俺たちに言った。
「ほら、もう9時を過ぎてる。
親御さん達も心配してるんだから早く帰りなさい」
言われて時計をみるとたしかにもうこんな時間だ。
慌てて四人で校門を出た。…白川は、落ち着くまで保険医の先生がついて、保護者を呼ぶらしい。
「うわっ、寒い…」
やっぱりかなり冷え込んでいる。
おもわず腕を抱き込めば章が苦笑して自分のジャンパーを貸してくれる。
「風邪引く。着てろ」
なんか優しいな…と思い幸せを噛み締める。
途中で、河野は先輩と一緒に帰るからかな?「俺んちこっちだから!」と言って幼馴染には全く通用しない嘘をついて別れた。
二人で久しぶりに歩く通学路。
「なんか久しぶりだな…こうやって横で歩けるの」
どうやら章も同じことを考えてくれていたらしい。それが嬉しかった。
「今日のこと…俺絶対忘れない」
いろんな意味をこめてそう囁けば、不意に章が足を止めた。
不思議に思ってそちらを見ると、唇に熱い何かが押し当てられる。
それを章の唇だと気がついた瞬間には章の顔は離れて、いつもの余裕の笑顔で俺を見ていた。
「俺も」
その笑顔におもわず赤面すると章は俺から顔を背けてしまう。
よくみるとその耳が赤いのが分かって、少しだけ嬉しくなった。
家に帰れば、心配してくれていた母親が半狂乱で俺に抱きついてくる。それを見た章が唇だけで「また明日」と言って帰ってゆく。
随分久しぶりの母親の体温に安心しながら、俺は俺を大事に思ってくれる人たちがいることの幸せを噛み締めていた。
お読みくださりありがとうございました。
よろしければご意見・ご感想等お寄せください。
こちらの作品は次のもので本編終了とします。
そこから先は番外編、スピンオフ系と続けます。
番外編のほうはイベントごとにあげていくつもりです。
スピンオフは河野の恋…にしようかと。そちらは別作品としてアップします。
どうぞ、よろしくお願いします!
今回は4000字…。各話での文字数がばらばらで読みづらくてすみません