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猫耳少女とロリコン少年

ふわふわした人だと思った。

この記憶の世界なら間違いなく好まれない。

別に悪感情を抱いた訳でも無いけれど。

夢見がちで、世間知らずで、その癖人の心を捉えて離さない。無垢な乙女のような印象だった。

助けてもらった恩からなのか、ただの吊り橋効果なのかはわからない。


ぼくと契約を交わしたマナは配下の人にぼくの世話を丸投げし、さっさと退室してしまった。

彼女が直接この世界について説明してくれることはなかった。本当にただぼくと雑談をしにきただけのようだ。


あの後ぼくの世話係は他のテレパシー?が使える人に引き継がれ、ここでの生活を叩き込まれる。

この身体の覚えが良いのか、教え方が良いのかわからないけど、真っ先にこの世界の言語を大体話せるように教え込まれた。

何をするにもまず言葉がわからないとどうしようもないらしい。その通りだろう。


この世界の言語は妙に論理的で、理屈に合わない箇所や覚えにくい言い回しがほとんど見られない。洗練されている、というのだろうか、とても分かりやすいのだ。

一ヶ月くらいで文法や単語のほとんどを覚えられてしまうというのが異常かどうかはわからない。



突拍子もないけれど、マナは所謂テロリストだ。

世界のどん底からぼくを拾った彼女は、新しい思想で世界 を塗り替えるのを望むらしい。


彼女が変えたい、そしてぼくのいる世界はどんなところなのか、いっぺんに説明してしまおうと思う。



この世界は記憶の世界と酷似している、いや条件付きなら限りなく漸近している、そのままであると言っていいかもしれない。

それはもう不自然すぎて気持ち悪い程に。


条件付きというのは、そこから五千年ほど未来の話だということだろうか。

その期間が条件付きという言葉で括れるほどの誤差ではない、膨大な時間であるとは思う。それでも拭えない違和感はこの際放っておこう……。



さて、記憶の時代において人類は深刻なエネルギー不足に苛まれていた。

山を海を火山を大地を掘り起こし粉砕し溶かし侵し叡智を振り絞り倫理をかなぐり捨て互いの手を手を切り結び頑張って頑張って頑張って生存しようとしていたが、もはやどうにもならない。


地上のすべてを飲み尽くし干涸びさせた人類には新天地に向かう力も無くなっていた。



その窮地に超々遠距離惑星探査機"ヘルメス"が帰還、その際持ち帰られた鉱物がエネルギー枯渇問題解決を確実なものとすると発表され、厳重な整備の元、研究が進められたそうだ。


しかしその物質の暴走で結果は失敗、エネルギー不足とは別の点で人類は甚大な被害を受けた。


"太平洋至力大災害"などというファンタジーと現実が合わさったようなミスマッチな名前の災害で、地球上の物理法則に変革が起こったのだ。


太平洋上の要塞のごとき研究所を三百万Lの海水と共に蒸発させ、"至力線"というものを惑星全土にばらまいた。

その結果この星の質量を持つモノ全てが、エネルギーに変化しやすくなってしまったという。


E=mc^2というやつが現実になったのだ。


災害直後は各地で生物非生物、人間問わずあちこちで暴走被害が発生し、文明はエネルギー不足などよりも遥かに壊滅的な一撃を被った。


これが三千年前の話。

至力線汚染後、生物は劇的な進化を遂げ、以前よりも強力な繁栄能力を勝ち取ることに成功した。


しかし人類は違った。

ある意味で進化しきっている人類は、これまで自分ではなく周囲の環境を歪めることで生き残ってきた為、最低限の進化しか出来ず凶悪化した他生物の脅威に曝されることになったらしい。


文明の利器を失い、かつて虐げ蹂躙してきた大自然に追い詰められ、その数を急速に減らしていったそうで。


そこから衰退をどうにか食い止め、分裂し、かつての栄華など見る影すら無くなってもどうにか技術を確立し、滅亡を食い止めた。


それがここ二千年の歴史だ。



そしてぼくがいるのは比較的人類の勢力の強い大陸にある、人間種族の理想の体現者にして現頂点たる王の統治する"ユーロ統合民主王国"だ。


差別も貧困格差も少ない、国民の意思を尊重し、最大多数の幸福を実現している、この記憶の世界で理想とされていた国だ。


なんで民主主義なのに王国なのか、マナはなぜそれを壊したいと思うのか。

その他諸々の疑問を解消するのにはまた面倒な説明が入るから今はやめておく。

懇切丁寧に順序正しく間違いなく考えるというのは寝起きの頭に優しくない。


ガヤガヤとうるさいアジトの地下食堂で、配給された麦粥、オートミールを木製のスプーンでずるずるとすする。

昼に食べるものは甘くておいしい、と感じるけれど、目覚めていない味覚は鈍く感覚を脳髄に運んでくれない。

そこまでの機敏さは求めるまい、自分のことだし。


朝ごはんは両手より少し大きいくらいの木の椀に薄い麦粥一杯。

それがここでの食生活の一端だ。

良いとは言えないものなのだろうけど、文句は言えないし言う奴もいやしない。

以前の生活とは雲泥の差だし、そんな奴は最初から選ばれないのだろう。

ぼくがこの生活でミイラもどきからガリガリ少年にランクアップした。

以前の危機的にして致命的な飢餓感からしたらそれは劇的なものだっだ。


ぼくがそんな満足感に浸って一心不乱にすすっていると無粋な邪魔が入った。

「んっんー…おはよう、シイ、ユウ。今日のメニューは…あー麦粥かぁ」


眠そうに目をしょぼつかせながらやって来たのは金髪に色素の薄い藍色の瞳の、十五、六歳ほどの少年。


端正な顔立ちをげんなりと歪ませると、部屋の端のキャビネットにあるレーションボックスからパックを一つ取りだし、その脇に複数個積み重なっている木の椀と匙をもって、僕のとなり、銀髪の猫耳少女の向かいに座る。


「シイ、お願い」


「…ん」


透明なフィルムに包まれたパックをそのまま椀にのせ、シイがその上に小さな手を軽くかざす。


すると音もなく膜に穴が開き、どろりと中身が溢れだして湯気を立てる。

いつの間にか膜もなくなっている。


これは"ある動作"を行うとフィルムの一部が溶け、そこから連鎖反応を起こして中身の食べ物と混じり、熱に変化するというよくわからない仕組みになっている。


よくわからなくても美味しければいい。

ぼくの食の価値観よりも"ある動作"、とは。

シイと呼ばれた少女が引き起こした現象は、内部のナノマシンが腕や脳波の動きを察知するだとかの、失われた科学技術の先端の産物ではもちろんない。


魔法、だ。


至力線汚染という災害は生物全てに進化をもたらした。

それは過酷な環境下において特に顕著で、外敵を討ち滅ぼす力、水や食べ物を作り出し見つけ出し獲得する力。あるいはそれらが必要なくても生き続けられる力を付与した。


火を吐いたり、氷をぶつけたりするようなのもいるらしい。

高温を吹き付ける生物は記憶の世界にも居たけれど、それよりも派手に。


今彼女がしたのは軽い温度変化を与えるもので、多くはレーションの構造に頼っている。

頑張ればぼくにも使えるものだ。

頑張ればだけど。


べつに対抗意識を燃やしているんじゃない。



彼女、銀髪猫耳ことシイは、ぼくのファンタジーを守る最後の砦…ではなく、マナの軍勢で魔法の扱いに長けている者の一人だ。


眠たげな髪と同色の視線と、少しだらしなく開かれた逆三角の口、肩より少し上で切り揃えられた銀色の髪。

人間にとっては珍しい突然変異から起こり、血が薄まってもなぜか残ったその猫耳は、感情を反映してぴくぴくと動く…という素敵なことは残念ながら無い。

ぼくと変わらない背丈や年齢ながら何事にも動じず、ぼーっと見つめるのみだ。


麦粥のフィルムに穴を開けて、そこからストローで食べている。

そして首をかしげて尋ねた。


「…なんでわざわざおさらにうつすの?よごれるだけじゃない」


「えっ……それは…うーんなんでだろう…ぶ、文化かなぁ。あはは」


困ったように笑う紅顔の美少年。

彼は名前をケルンといい、入籍当初のぼくの世話役だ。

今でもぼくとシイの面倒をみてくれる優しいお兄さん。

軍勢の女の子達からの人気も非常に高い。



というのは表の顔だ。

心を奪う優しげで甘いマスクは文字通り彼の仮面であり、その本性は幼く汚れない少女しか受け付けない重度のロリコン。

どうやら両刀使いで、男の立場にあぐらをかいてはいられない。常に最新の注意を払うよう心掛けている。


「……ユウ、なんか失礼なこと考えてない?」


「いえなにも。気のせいですよ、ケルンにい」


嘘だ、ロリコンのくだりから。


少し人間不信気味な、優しくて強い頼れるお兄さんだ。

人と距離を置くのもクールだとか思われているそうな。


ただしイケメンに限る。そうだろう?


「……。二人の当たりが強いのはいつものことか…いつからこうなったのか…最初からかな…はぁ」


「人のぬくもりが欲しいなら、いくらでもあてがあるんじゃないですか?ほら、あっちの方に」


食べ終えた椀にスプーンを置き、どんな集団でも必ず形成される女子グループを指差して言うと、苦笑いが返ってきた。


「言い方が下衆いよユウ、知ってるだろ?そういうのは苦手なんだ」


無口なシイの横で雑談をしていると、扉からある人物が入ってくる。


黒髪黒目にこれもまた黒の機能的な軍服のようなものを身に纏った美しいひと。


部屋の中央、手前の段差になっている所。"演説台"に立つと、食堂にいる百人近くの軍勢のみんなが全員静まり返った。


毎朝ぼくら軍勢は、朝食の後マナの話を聞く。

大抵は事務的なことだけれど、たまにマナの目指すものが聞けたりする。

マナの話を聞けるのは基本的にこのときだけなのでみんな熱心だ。

十代が中心の軍勢はとてつもなく狂信的、だ。



「おはようございます、皆さん。


今日は皆さんに重要な発表があります。


心して聞いてください」


拡声器のようなものは使わず、されど部屋の隅々に届く声。

人をとらえて離さず、引きずり込み我が物とする、強烈なカリスマ。

力で声で美しさで、圧倒する。


「一週間後王都に攻め込み、国王を殺します」


にっこりと、この世のものとは思えないほど美しい笑顔で、そう言うのだった。

更新速度の目標が低すぎたようです。低きに流れ…

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