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レベル1からの大蛇狩り入門

さて、これまでぼくの体には一切のチートらしき機能は発現していない。転生モノには不可欠だろうに。

これでは読者?に飽きがきてしまうかもしれないし、俺tueeeな爽快感など欠片も味わえはしないだろう。まさに誰得。

圧倒的強者に一方的に蹂躙される少年に欲情する変態ならまだしも。


魔法や剣技、スキルなんて高尚なものは望まない、ステータス表示やアイテムボックスなんかでもいい、異世界なら異世界らしく何かしら能力がほしかった。


この悪い意味でファンタジーの権化みたいな化物にほんのちょっとでも傷をつけられるような。

どう考えてもチュートリアルで戦うような相手じゃないと思う。序盤の中ボスといった貫禄だし。

レベルを上げて、戦闘に慣れて、パーティを組んで、対策をしっかりたてて挑む相手だろう。

無理ゲーだ。



目の前でシューシューと凶悪な音をたてるソイツは、二十メートルほどの空間を半分埋めるほどに巨大で、薄暗い下水道では頭から少しまで先しか体が見えない。一体どれだけの長さなのだろうか。

頑丈そうな茶色の鱗に黒の模様が刻まれていて、男の持つ錆びてぼろぼろの短剣の一撃などではまるでダメージが通りそうにない 。


「う、うわああああああああああぁぁッ!!」


ぼくと同じ境遇、つまり囮にされた痩せぎすの男が攻撃を仕掛ける。

明日の食べ物にも事欠く浮浪者の、破れかぶれの貧弱な一撃。

当然あっさりと弾かれ、粘液をしたたらせる牙の餌食となった。

しばらく振り回して壁にぶつけ弱らせると、器用に空中に放って一気に丸飲みにした。



あまりにも妥当で、あっさりとした捕食の風景。

鶏ガラのような男を平らげた蛇はまだまだ満足しないようで、次なる食材を検分している。

向き合いたくない現実がそこにあった。


幸いにして記憶のなかには、辛いときには逃げてもいいんだぜひゃっほうとかいう都合のいい名台詞があったような気がするので、ぼくは脳内で詳細な描写を続けようと思う。

たとえ死んでもきっと誰かのためになるだろう。

食物連鎖とか、そういう観点で。


目覚めた直後、ぼくはここを貧困街のようなものだと判断したけれど、どうやらそれは違うらしい。

そうであれば、ぼくは普通に飢えて死んでいる。

そんな場所の人間には、利用という名の救済すらありはしないだろう。


では何なのかというと、いわゆる奴隷の保管庫のようなもののようだ。

先ほど生け贄になった男が身なりの良い、ここの人間とは明らかに生活の違うやつに反発し、激昂して詰め寄ろうとした。

するとそいつはなにかを呟き、男の首のあたりに紫色の幾何学的なマークが光る。

男はなにも抵抗できず苦しんで倒れてしまった。

泡を吹き、白目を剥いていて見るだけでもかなりきつそうとわかった。


これはぼくがみた最初のファンタジー要素であったが、夢も希望もありゃしない。


脱線したがつまりぼくたちはそいつ、もしくはそいつらに管理されている立場のようだ。

まあ奴隷なんだろう。仕方ない、割り切る。


身なりの良い男が上へと繋がる階段から降りてきたことから考えて、上には彼らが住む、もしくは経営している建物があり、普通は商品であるぼくらもそこで陳列される品のはずだ。

だがそうではない。その理由はなにか。


そこで推測になるが、ぼくたちは低品質な奴隷ということなのではなかろうか。

上の建物にはもっと品質の高い、優秀で待遇の良い奴隷がいて、それが一杯で建物が使えないから公共の施設の下水道を空間として使っているとか。


最低限の食事も与えられない程度の価値しかない奴隷でも、全滅するのは流石に損だということで、ぼくを含む適当な五人は他を脱出させるため駆り出されたということだ。


だったら何でパンを寄越したんだろう?謎だ。

最後に飯くらい、ということだろうか。

この世界の価値観は知らない。

知る機会もないのかも。



つまらないしどうでもよい思考を巡らせている間に、ぼく以外の不健康で哀れな羊たちは駆逐されようとしている。

最初の男が持っていた短剣は何度か譲渡があったようだが、持ち主は強制的に世代交代が行われた。


どちらも目の前の怪物によって。


最後から二番目の、ぼくの先輩になる人が頭から食べられている隙に短剣を拾って順番を待つ。


せいぜい足掻いてやる。


蛇さんよ、あんたに一生ものの"思い出"を刻んでやろう。



覚悟と算段を決めると大蛇がシュルリと小さく鳴く。

その顔は弱者をいたぶる愉悦に歪んでいるように見えた。蛇の表情なんて知ったことではないけれど。



―――次の瞬間。よだれを撒き散らし、雄叫びで威圧をして蛇は襲い掛かってきた。


それを右に避けて躱そうとするが間に合わなく、地面を蹴った左足が牙に捕らえられる。


「…ぐぎいっ!?……は、ぐっうぅっ…!!」


みちみちっと肉が引き裂かれ、膝関節のすぐ下に冗談みたいな激痛が走る。

反射なのか随意なのか、眼から涙が溢れる。

無事な右足で頭を蹴り、左手のナイフを突き立て離脱を試みるが、傷口に刺激を与え自分の首を絞めるだけだった。


痛みに遠ざかる意識をかき集め、反撃を試みる。


狙いは眼球、位置は絶好。なけなしの、されど渾身の力を込めて。


眼窩と水晶体の隙間を狙って、蛇に負けじと不潔に伸びた右手の爪を思いきり突き刺す。



―――ずぶり


爬虫類の眼球は柔らかく、それゆえしなやかな強さを備えているらしい。

けれど運良く指の第一関節ぐらいまでまで突き入れることができた。


そのまま力を込め、眼窩内をかき混ぜる。

伸びた爪がぱきぱきとへし折れたが気にしない。


「ギシャアアアアアアアアアァァァ―――」


つんざくような悲鳴が上がる。蛇って発声器官あったっけとか余計なことを考えているうちに、やつは大木のような身体ををしならせ、勢いをつけてぼくを壁に叩きつけた。


「―――――がひゅッ!!」


肺から息が漏れ、肋骨からミシリと嫌な音が聞こえる。


だがまだぼくは死んでいない。攻撃を続けよう。


蛇にはピット器官とかいう熱探知が出来るセンサーがあるらしい。それゆえ両目を潰したとしても危機は脱出できないし、この世界の蛇は眼球ぐらい再生することが出来るのかもしれない。


そんなことまで考えたわけではないが、ぼくの狙いは目玉を潰すことだけではなかった。

リンゴ大の黒い眼球を視神経をちぎって引きずり出し、ドロリと赤い血に濡れた空洞に、ごちゅりと音をたてて汚ならしい短剣をいんさーとする。


「ジャオオオオオオオオオオオオオオオオ」


ぐちゃぐちゃと掻き回すと蛇は断続的に哭き、水路のあちこちに頭をぶつけたり下水に突っ込んだりして水飛沫をあげる。もはや痛みに支配されぼくなど頭にないようだ。


よろこんでくれてなによりです、まる。


いつの間にか左足が解放されていて、固定を失った体が振りほどかれそうになるが意地でも離さない。

たまに壁に激突するがしばらく耐えて頑張っていると、狙ったことが起こってくれたのかびくびくと痙攣し派手に倒れる。



ぼくを下敷きにして。


―――ぼきり


突っ込んだままの左手が蛇の体重に耐えきれずに中折れする。


「っがああああああぁああぁ―――!―――っ!―うぅっ!ぐうぅ…はあはぁ………」


息を荒げながら足で蛇を押して腕を引き抜く。

HPがゼロになったらポリゴン片とか魔素とかになって分解してほしかった。

倒した後にも大怪我とか嫌すぎる。


ゆゆしいことにさっきから台詞枠が悲鳴しかない。ぼくの物語は詩的で素敵な台詞でなく、痛々しい叫び声に彩られていた。こんなはずじゃなかったのに。

もうすぐ終わりそうだしどうでもいいか。


傷は傷でも致命傷を与えることに成功し、達成感に満たされる。苦難とか運命とかに一矢報いてやったかんじだ。でも痛くてそれどころではない。


宿敵の脳を破壊してくれたぼくの左手は、肩のあたりまで埋まっていたので引き抜くのに時間がかかった。

途中、ガリガリぶちぶちと痛覚神経が刺激されたが我慢する。

腕が肘以外で六十°曲がった状態で放置なんてまっぴらだ。


引き抜いたそれは上腕骨が中程で折れ、白い骨が突き出ていた。相当出血しているはずだが元々蛇の血まみれなので自分のと判別がつかない。


他の負傷は左足の噛み傷、肋骨のヒビや頭を含めた全身の打撲、それなりの出血。

粘つく透明なよだれはやはり毒液だったのだろうか、身体が寒くて暑い。吐き気がする。

痛い、痛い、痛い。



残念なことに死は目前だった。


どんな悲惨な人生でも、人は納得できれば悔いなく死ぬことが出来るとかなんとか。


悔いて死にたくはないので、努めて自分を納得させる。



たかが奴隷の身分で蛇に殺された程度だ。この記憶のある世界でも、中の下ぐらいに幸せな一生だろう。


この程度、最悪なんかじゃない。




弱りきった身体を汚水に横たえ、ゆるゆると流れていく。


ぼくは、意識を手放す。















遠ざかる意識のなか、優しげな声が響く。




――――温かな食事、安全な住処、未来への可能性と、生きる意味を与えましょう。


わたしのために戦いなさい。




選択の余地なんてない。


心のなかで是、と答えると




誰かが笑ったような気がした。


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