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エピローグにしてプロローグ

悲鳴はもうまばらになったようだ。


ベランダのある窓の下には警察が拡声器で懸命に交渉をしている。

眼前の沢山のパトカーは丁度昇降口の上、三階であるこの教室を中心として扇状に整然と並んでいた。

救急車や消防車なども含めたサイレンの音が非常にうるさい。

道路向かいのビルの窓からは目を凝らすと陽光に黒光りする筒状の何かが此方を向いている…勿体ぶった言い方をしなければ狙撃銃だ。

私はそういったものに詳しくないのでそれがどんな種類の何口径などという判断はできないが、それがアルミサッシを歪め溶かし、クリーム色の鉄筋コンクリートを容易く穿ち、人間をトマトのように弾け飛ばすことのできる威力だということはわかる。


正しくは今わかった。

肉盾にされた女子生徒は頭部が…とても描写できないような状態になって痙攣している。モザイク入ってる。ピンクと赤と黒だ。


その生徒が尊い犠牲になる前までは"犯人"を狙った銃撃や、ゴツいスーツと透明な盾を装備した人達が突入してきたりしたが、何故だろう、"犯人"は全くもっての無傷だ。いつも通り死んだような目でにやにやと笑っている。


そもそも犯人の狙撃というものは手の付けられない凶悪犯に対し、これ以上の逮捕の遅延があれば被害者の心身に致命的な傷を負わせる危険があるとき、慎重に慎重を重ね、犯人が気づく間もなく息の根を止めるためのものであるはずだ。

状況的には正しい。たとえその凶悪犯が高校生だとしてもその判断はこの上無く正しいものだと私も思う。


しかしどういう理屈なのか。

号令と共に突撃してきた肉弾幕を床爆破で撃退後、微妙なタイムラグがあったにせよ、何の前触れも無しに飛来したフルメタルジャケットの鉛弾を、悠々と躱してしまったのだ。


計四回続いた破裂音はどれも成果を挙げることはなく、最後の一発は奴によって引きずり倒されたクラスメイトの頭部を修復不可能に破壊してしまった。

そこから今まで動きがなくなっている。


効果がないのに多大なリスクは負うべきで無かったとか、

狙撃手が未熟だったのかとか雇われ人だったのかとか、

そこら辺も知らないけど、多分彼を殺してしまったことを気に病む必要は無いだろうと私は思う。

なんということはない、どうせこの教室にいる人間は誰も彼も奴に殺されてしまうのだから。

別に私は絶望し悲観して諦念を余儀なくしているというわけでもない、客観的な事実だ。


パトカーのナンバープレートを四則演算で十にするという現実逃避をしている間にも奴は楽しそうに同級生を破壊している。それはもう色んな意味で。


奴がこの教室を占拠したとき、その時の担当教師、即座に逃げようとした者、行動力のある者、優秀な者が真っ先に天に召されてしまったが、そこまで危険ではない者は残され、奴の…欲望っぽいものを満たすためにいたぶられている。


―――すべての人間は平等なんだよ?美しさも醜さも善も悪も等しく平たく同価値で、みんなみんないとおしいこの世界の一欠片なんだ。


……いつだったか、奴の台詞だ。本当に頭がおかしいと思う。今更だ。


その癖私以外に残っている四人の女生徒は偏差値が高い。奴は好きなものは最後にとっておくタイプだ。おっと、完全に動かなくなったようだ。これで三人。


なぜ語り部たる私はすかした傍観者を決め込んでいられるのか。

それは余程の事がなければ身の危険に晒されないだろう私の立ち位置に由来するもので、その理由はこの事件の発端から説明していかねばならないだろう。


私の名前は…これは事件の本筋にはなんの関連もない。どうでも良いことだろう、奴の名前も同じことだ。


さて、私と奴の関係性というのは、幼馴染みと友人の中間辺りのものだ。

出会った当初…7年ほど前になるか、奴の人格嗜好行動その他には少なからず問題があったが、それを除けば奴は面白く優しくて、奴との空気感はそれなりに居心地のいいものだった。恋人とか、心の支えとか、そういう重くてまどろっこしいものではなかったはずだ。


少なくとも、私はそう思っていた。

しかし食い違ったことに、奴にとってはそうではなかったようなのだ。


丁度一ヶ月前、本屋からの帰り道のこと。

昨今の異常気象の恩恵か、もう八月に差し掛かるというのに涼しげで、心地よい風の吹く夕暮れ。奴は今まで押し込めてきただろう想いを唐突にぶちまけてきたのだ。


私は拒んだ。


何故かと言われても理路整然とした回答はできない。まぁこれだけ奴と付き合っていても本質が全く見えてこない人間とそうなりたいと思わなかったからだろうか。普通の人間の本質がわかるという訳でもないのだが。


それについて特に後悔はしていないし、間違ったことをしたとも思っていない。だが多分この関係は終わってしまうのだろうな、という寂寥感と、奴にもそんなところがあったんだな、という珍しさ位しか特段心に浮かばなかった。

薄情な人間だ、と他人は私を罵るかもしれない。

しかしこの歪んだドライさがなければ奴の…楔になることはなかったのだろう。

良くも悪くも、だ。

かなり手酷い振り方をしたと思う。

だが奴はいつも通り軽薄に笑って、


―――そっか、残念。


と言うだけだった。

非常に腹が立ったが、いつもはと違う消え入りそうな笑顔に、それを表に出すのが躊躇われた。


そして一月学校に顔を出さず、


次に登校したときにはこんな惨状を引き起こした。ふざけている。私の躊躇を返せ。


どちらにせよ、拒絶した時点で私は奴を繋ぎ止めることなど出来なかった、出来ていなかったということなのだろう。

どうでもいいけれど。


奴の言動や傾向から察するに、ここに至るまでにもやらかしていることがありそうだ。

なぜ一高校生が拳銃やら爆薬やらを持っているのか。

そこについては深く考えるまい。頭が痛くなるだけだ。


ふむ、さっきからぼんやりし過ぎているな。思考が飛び飛びだ。

これでも私は冷静キャラで売っているのだ。売れ残っているのだ。


……それはそれとして現実逃避が過ぎるのは多目に見てもらいたい。

流石に奴といえど、後先考えない足下確かめない石橋を砕いて突っ込む奴といえど、社会復帰が不可能になるような規模での事件は起こさなかった。最後に華々しく、毒々しく散るのだろう。


待てよ、心中という線もあるのか?


……劣悪物件でもタダなら上等だったかもしれない。少なくとも死ぬよりかは。


いや奴のことだ、それ以下の最悪を味わわされることになったに違いない、と無理矢理に自分を納得させないとやってられない。


私がうだうだ思考している間に、めげずに銃撃があったようだが目の前の悪夢は終わらなかった。



「×××ちゃん」


奴が私の名前を呼ぶ。

時と場合によっては爽やかともとれる笑顔だが、今はただただ醜悪なだけだろう。


なんだ馬鹿、と私が奴に応える。

名前は呼んでやらない。


「あはっ、やっぱりいいねぇ×××ちゃんは。

どんな時でも少しもぶれないその心、その強さ。そこに僕は惚れたんだよ」


また愚かしいことを奴はのたまう。何を幻想を見ているのか。

そんな心など私は持ち合わせてなどいない。

奴の理想など私とはかけ離れたものだ。

奴の中だけにある、儚い、されど強靭な幻。

それはひたすらに自らに閉じた妄想だ。


理想などこの世界にあろうはずもない。

あるのは誤解と妥協のみだ。


あるいは強烈な解釈、か。どこぞの哲学者だったな。



「それでもさ、×××ちゃん」


人の心を読んだのか、自分の思考と繋げたのか、頭がおかしいだけなのか。

何にせよ人の思考を先回りしたような、不快な調子で続ける。


「僕は君が好きだった。

たとえどんな無為が待ち受けていようとも、僕のなけなしの自我はその為に行動する。

幸不幸なんて生命の機能の一部に過ぎないけれど、それでも君を幸せにしようと思う。

きっとこれも空回りだ。無駄で無意味で無価値だろう。

どこまでいっても僕は届かない。届かなかったし、届けられなかった。

悲しいとか、楽しいとか、もうよくわからない。


だけど、まだそれを覚えていられるから、本来指向性を持たないこの力を君のために使える」


どこまでも独り善がりで身勝手で中二な奴だ。

それで?と私は胡乱気に促す。


奴は嬉しそうにそれに応える。



「だから、一度死んで?×××ちゃん」


……全く脈絡がない。意味不明だ。



ついに狂った、いや元からかと一人合点し、迫り来る死の破裂音に身構える。

しかし音速超えの鉛玉はこちらにはやってこなかった。


奴は躊躇い無く銃口をこめかみに当てると、軽快に引き金を引く。


乾いた音をたて銃弾は奴のおかしな頭を



パリン、と砕いた



血や脳漿は吹き出ず、そのまま奴の体は灰のようにぱらぱらと散っていった。




―――瞬間、視界が白く崩れる。

その光は私を教室を学校を街を空を太陽を星を銀河を宇宙を飲み込み崩壊させる。





最後に私が見たのは、眩く燃え尽きる世界だった。

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