我が季節1
それより数十年前の話。
「…っさま…。……ろ様っ…」
「~~っ聞いておりますか枢様っ!!!!!!!!!!」
春麗らかな縁側に、威勢のいい声が響いた。
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「聞いているよ田神、大きな声をあげないでおくれ」
そう言いながらヒラヒラと右手を振る枢は、縁側に腰掛けたまま、田神と呼んだ男のほうを見ようとはしなかった。どうせ振り向いたところでイライラした顔を見るだけだ。それよりだったら暖かな春の日差しに包まれた庭を見詰めていた方が気分がいい。太陽の光を含み、たっぷりとした羽織を引き寄せる。やはりぬくぬくとして暖かい。
「聞いているのでしたら早く跡継ぎをっ!それより結婚をっ!」
聞き飽きた田神の小言に枢は、はぁ、と溜息を吐いた。彼の溜息と共に揺れたセミロングの白髪は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。困ったように眉間に皺を寄せたその顔も、眉目秀麗なままで、真ん中で分けた髪の毛がさらにその美しい輪郭を強調する。
「田神、そんなに急がなくても、私はまだ死なないし…」
「人間離れして生きているからこそ、いつ死ぬか分からぬから急いでいるのですっ!」
本当に田神は遠慮が無い。
この国は八つの地域に分ける事が出来る。そしてその各々の地方を陰で統べ、守護している家々を守護八家〈しゅごはっけ〉と呼ぶ。この八家は表面的には自らの地域に住まう人間、そして秘密裏には人間との調和を図る妖等を守護する。人間と妖の無益な争いを避け、共存していく事を掲げるのがこの八家である。彼等は妖を従者とし、身勝手に人間、妖を襲うものを討伐する。それが彼等の裏の仕事である。
その内中部地域を統べ、守護しているのが宵家だ。枢はその宵家の現当主であり、田神は彼の従者である。つまり、田神は妖。宵家に仕える屋敷の者は八家の仕事を承知しているし、田神自身普段は人型を取っているので、秘密裏の仕事には実際は何の支障も無い。
そんなこんなで20代に見える田神がそれ相応の年齢であるのは可笑しい事ではない。しかし何の因縁か、見た目が20代の枢も、かれこれ120年程生きていた。
確実に人間の、宵家前当主の夫婦から生まれてきたから人間のはずなのだが、原因も分からず、彼は今のところ不老不死となっていた。
(せめて一人っ子じゃなければねぇ…)
そうすれば結婚や跡継ぎだなんて、何の興味も無い事でこんなに自分が悩む必要はなかった。
当主の妻ともなるとそれ相応の品格と、妖と渡り合えるだけの能力が要求される。だったら事情を知っている宵家の人間を選べば良いと思うのだが、残念ながら宵家は圧倒的に女性の数が少ない。その為宵家から妻を選出する事は不可能だった。
外部の人間を選ぶのは更に困難だった。妖の事を隠しても、彼は既に人間を守護する美しい当主として名を馳せていた。その当主が100年近く代替わりしていないとなれば、口には出さなくても、不老不死だとして恐れられるのは当然だった。
よって彼は未だに宵家直系の血を残す事が叶っていない。だから屋敷の者は、枢の不老不死については触れようとはしなかった。自分以上に生きている田神以外は。
「この屋敷で私の不死についてずかずか言ってくるのは君位だよ」
ぼそりと文句を言うと、田神は、はんっと鼻で笑って高い所で結った茶髪を揺らした。
「私が言わずして誰が言います?高々100云歳で一々気にしすぎですよ」
「あのね、私は一応人間なの。君と一緒にしないでよ」
「差別的発言ですね、聞き捨てなら無ー…」
田神には一切目を振らず、それでもお互いに言い合いをしながら、枢は膝の上に抱いた黒猫の頭を撫でた。猫は気持ちよさそうに伸びをして、こっちの話なんてどこ吹く風、といった感じだ。
暖かな日差しが、二人と一匹、もしくは一人と二匹を包み込んでいた。