我が季節10
分かっていた。
いつかはこの日が訪れることくらい。
分かっていたのに。
それなのにまだ、現実を受け入れられない。愛して、愛されて。あんなに幸せな日々が終わったことが、まだ受け入れられない。
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1年かけて、やっと結婚を受け入れてくれた時、物凄く幸せだった。1人の女性として、妻としていつでも笑いかけてくれる彼女がいれば、不死のことなんて忘れてしまえた。ずっと側にいれるだなんて、妄想を抱いてしまうこともあったほどの幸せだった。
年月を重ねると、やはり一抹の不安が沸き起こった。残されていく恐怖。
幾ら不死とはいえ元は人間。今のところ不死なだけ。だから首を落とせば死ねるかもしれない。死ぬ時は一緒に死にたい。そんなことを言って、物凄く怒られたことを思い出した。彼女はいつだって私のことを考えてくれた。ずっと彼女に頼って、甘えてばかりだった。
思い出すことはあっても、思い出になんてならない。彼女と過ごした一日一日が、忘れられない宝物だった。
私は彼女を、幸せに出来ただろうか。
私は彼女にとって、大切な人に成れただろうか。
『自分から死んだりしたら許しませんからね』
記憶の中、弱弱しい声で、だけどしっかりと笑って彼女は言った。そうだ、彼女は、私に約束を残していった。
『お約束してください』
記憶の中で、伸ばしてきた彼女の細い手を両手で包み、こくりとうなずく。
『私が愛したこの世界と枢さまを、枢さまも愛してください。そして、守ってくださいね。私もいつまでも、世界を、貴方を愛しております』
そんな別れの言葉みたいなことを言わないで。そう言いたかったけれど、優しく微笑む彼女に、ただ泣きそうになりながら頷きを返すことしか出来なかった。寂しそうに、辛そうに顔を歪める枢に、彼女はそっと言葉を掛ける。
『そして忘れないでください。私は、』
「雪は、枢さまと出会えて、本当に幸せでした」
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「落ち着いたか」
そういって布団に横たわる宵家の当主に、灰は濡らした手ぬぐいをぐいっと押し付けた。
「病人ではないのだけれど…」
まだぼやける視界の中から白い物体を選び、手に取る。ひんやりとしていて、意識も次第にはっきりしだす。
「真っ青な顔して倒れておいてよく言うな」
あきれ返って彼はため息をついた。枢はまだ感覚の鈍い身体を無理矢理起こし、彼に苦笑を返す。
「ごめんね…。でも、おかげで懐かしい夢を見たよ。幸せな記憶全部、とはいかなかったけど、うん、もう大丈夫。大事なこと、思い出したから」
急に倒れておいて、起きたら笑顔の枢を見て、灰は不思議そうに繰り返した。
「大事なこと?」
枢は笑うだけで答えない。
彼女は最期に生きる意味をくれた。答えをくれた。
いつまでも幸せだった記憶に埋もれ、訪れた現実を拒絶している暇など無い。生きるしかない。
彼女との約束を、果たすために。
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縁側に腰掛けながら、膝の上に黒猫を抱く。喉を撫でると、猫は気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。
ふと視線を猫から庭へと移すと、はらはらと桜の花びらが舞い散っている。
この季節が巡ってきたのは一体何回目だったろう。
「可笑しいね、生まれた時は人間だったんだけれど」
だけれどその不死に今は感謝している。彼女と出会えた。彼女との約束を果たせる。だから一生懸命生きよう。春も夏も秋も超え、冬の到来を迎える為に、一心不乱に世界を愛そう。そうすれば、
「貴女の季節がやってきますね」
また君に会える。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
タイトルの意味が分かって頂けたでしょうか?分かりづらいタイトルから文章まで、本当にすみませんでした;
このあと1話ほどおまけがつく予定ですので、よろしければご覧下さい^^
一応守護八家シリーズも展開していく予定です。
それではここまでありがとうございました!