第五章 行商人
「いつそれが来るのかはわからないですけど、次の旅に備えて勇者さんを完全回復させなきゃですし」
えへんとシャーロットは胸を張って見せる。
「ねぇ、次の旅も馬車?」
そして私は、今聞かなければいけない最大の不安要素を聞いた。
いくらぐったりしているといってもこれぐらい話せる余裕はある。いや今聞いておかないと忘れる。
「当たり前です。アムレットさんが言ったんですよ。最初のほうは道が整備されているうえに治安がいいから馬車で行くって。城にもそのための予算報告書を出しちゃいましたから」
私の真摯な疑問にシャーロットがすね気味に話す。
その言葉に、シャーロット以外の一同に微妙な沈黙が生まれた。
「もう撤回するのは難しいでしょうね。王城への報告書類は何重にもチェックされて国王様のところに届きます。今どこにあるかがわからないから返すことができないのは暗黙の了解ですよね」
カシスの言葉に私は肩を落とす。
「そんなぁー。私に免じてチャラにしてくれないかな?こう見えて勇者だし」
「こう見えても何もお前が勇者であることは最初から知ってるぞ。それにいくら勇者だからって特権があるわけでもない。あったらそれはそれで面白いが…現実は甘くないな。」
私の方に手を置き慰めてくれるソフィアの目が妙にやさしいのが腹立つ。
「うー。気持ち悪い…こう見えても私は男爵家の貴族令嬢なのに」
少し話したからか馬車酔いが戻ってきた。
「とりあえず行きますよ~」
シャーロットの明るい声を最後に私の意識はプツリと途絶えた
――井戸――
「やっと着いた。」
シャーロットは、脱水で気を失った、人を引き付けるような赤髮の深翠の瞳の美少女アムレットもとい勇者を地面に降した。
ドサッ
少しばかり手荒になってしまったのはアムレットが思いのほか…ほんの少し――私より重かったからなのだ。
「ふぅ、疲れました」
「頑張ったなシャーロット」
「よしよし(ナデナデ)」
二人は褒めてくれるけれど道中全く手伝ってくれなかった。
「そういって二人とも変わってくれるわけでもなく寄り道ばっかりしてたじゃないですか」
シャーロットは、ぎろりと二人に鋭い視線を向ける。
お金は有限じゃない。いくら出発の資金があるとしても、魔王城との交戦の影響で防具や魔法道具の値段は特に吊り上がっているのでおいそれと買うわけにはいかないのだ。
「おいおいそんな怒るなよシャーロット。見てただけだって」
「……同じく」
二人は懸命に首を横に振るがソフィアはカバンのポケットから、カシスはローブの裏ポケットから、さっき買った商品がはみ出していた。
「それは何ですか?ソフィア?」
「えっと…そう、新しい防具だ。この先の冒険で必要になるもののはずだ」
「ちーがーいますよね?」
顔を寄せてくるシャーロットにソフィアはのけぞる。
「いやその…すみませんした。えっと、自分用の短剣をそのかってしまって」
「ふむ…まぁいいでしょう。これから先も使いそうですしね」
「そう私のこの魔法具もそのうち使うから見逃して。」
「私だって魔法の知識ぐらいありますよ⁈それが明らかに民間魔法用のアーティファクトっていうことぐらいわかりますよ。馬鹿にしないでください」
「ひー。許してー」
そのとたんカシスは頭を抱えてしゃがみ込む。
よほど怖かったのか涙目だ。
「はぁ。今後そう言ったことは控えてくださいね。
とりあえず私たちは水を汲みに来たんですから」
シャーロットは、さすがに涙目になるカシスには分が悪かったのかあきれたように井戸のほうに歩いて行ってしまった。
「あ、ちょっと待てよ」
「待ってください」
それに、カシスとソフィアは慌ててついていく。
「とりあえず水を…」
シャーロットガイドにおいてあるバケツに手を伸ばすと、その手を何者かに払いのけられた。
「ギャーギャー ここは俺たちの水場だ。使いたいなら金を払いな」
屈強ないかにも冒険者といういで立ちな男に金を要求された。
「えっ…そんな水場って共有のものじゃないの?」
シャーロットが疑問を呈すると、
「へっへっへ この辺りは慢性的な水不足ですからね。ただで水を使わせられるほど気前は良くないんです」
気持ち悪い笑いの二人目の冒険者が疲れたように言い放った。
すると焦ったようにソフィアが、
「あ、あたしたちは勇者一行様だぞ?水くれなきゃ上層部に報告するぞ」
と、すかさず凄みを入れる。
すると、一人目の冒険者が、あきれたように
「自分で様付けしてバカみてぇ」
「あぁ?」
ソフィアの眉間にしわが寄る。
「神都に近いってのに予算がないって見捨てたのは上層部だろ?
税金ばっか取りやがって、こうなって文句ねぇってことだろ。」
冒険者が苦々しげに吐き捨てる。
どうやらもう幾ばくの余裕もないようだった。
「でも、」
シャーロットがつぶやく。
「でも私たちは勇者一行です。きっと私たちが魔王を倒せばここも豊かに――」
「魔王が倒されたら?そんな保証がどこにあるっていうんだ?――それに今までのその上層部のせいで何人犠牲になってると思ってるんだ?」
これにはシャーロットも押し黙る。
人の命は何物にも代えられないからである。
「それにな、あんたらにこの水場譲る気はないんだ」
冒険者の言葉に三人は一気に殺気立つ。
「なぜだ?あたしらを馬鹿にしているのかい?」
三人の総意をソフィアが静かに言い放つ。
「お前ら知ってんのか?あんたらがここに来る前に通ったくそ迷惑な行商人のことを」
「行商人?」
シャーロットが首をかしげる。
この先が砂漠とはいえ、そこまで水を持っていくような必要があるとも思えない。
「そうだ。その行商人は一台の馬車を引きながら最初はこの町のことをほめてくれるいいやつだって思ったけど、事件が起きたのは出発の日」
一瞬間を開けてから、
「そいつ魔王軍の幹部だったらしいんだ」
「「「えっ…」」」
皆が静まり返る。
どういうこと?魔王城はまだはるか彼方じゃないの?
頭の中が疑問符に埋め尽くされる。
魔王軍の幹部が脅威だということはわかる。
けれどそこから先が見えない。
なぜこんな神聖侯国の一番近い村に幹部ともあろう行商人が訪れるのか、なぜ今水不足になるのか、それらの説明を求めるように冒険者を見た。
…最悪、武力行使を視野に入れて。
「そいつは、えーと、なんか魔法の革袋?とかいうアイテムを持ってて、これから気は乾燥地帯言いになるんだが水が大量に必要だからと革袋で村中の井戸水をすべて吸い込んだんだ。
ここは幸運にも隠し井戸として非常時のために伝えていなかったからどうにかなっているが…」
場の空気が重くなる。
この水の枯れた街でさらに水をせびるような真似、いくらアムレットのためとはいえソフィアにもカシスにもシャーロットにもできるようなことではなかった。
しかしそんなときに、何も知らない勇者が目を覚ましかけた。
「うぅ、水を…」
呻くアムレット、額に青筋を立てるソフィア。
「あぁ、もううっさい!カシス、これ以上アムレットがなんか言うならあの魔法水の実験体にしな」
そんな提案をするソフィアにシャーロットは青ざめる。
「ちょっと、ソフィアさん!アムレット辛そうですよ。お金払えば済む問題なんですから、わざわざ魔法水の実験体にする必要性は…」
「ラジャー、最速で詠唱を開始する」
「カシスさん⁉」
敬礼をきっちりしてからカシスはぶつぶつと魔法の詠唱らしきものをつぶやき始める。
もうこうなったらカシスの行動を止められるものはいない。
「ウォーターカプセル‼」
また、きれいな水球がカシスの目の前に現れる。
一見透き通っていておいしそうな水?だけど、シャーロットは経験からあれが泥のような味のする水ということを知っている。
咄嗟に、カシスを止めようとするが、
「う、うぅ、早く、何でもいいから水を…」
アムレットが目を覚まし、水を求める。
それを確認すると、カシスはシャーロットのほうをちらりと見て
「言質はとったぞ。文句言っても知らない」
そう言って、水球をアムレットの口に近づける。
よほど水が欲しかったらしく、苦いのを気にする様子もなくむさぼるように飲む。
ゴクゴク おえっぷ ゴクゴク おえっぷ
「えずきながら飲むほどなんですか⁈」
それほどまでにのどが渇いていたことにシャーロットは驚く。
「流石、魔法の苦い水」
カシスはどこか誇らしげに胸を張る。
そんな苦い水とはいえ、アムレットの意識回復には一役買ったようで、
「ぷはー、こんな苦いもの飲んだの二回目ぐらい…?――カシス?後で覚えておきなさい」
アムレットの圧力にカシスがのけぞる。
「最終的には助かったからいいじゃん!」
ちょっとすねたように言うと、
「なんだ、カシスは後でアムレットに罰を受けることになるのか?」
さっきまで押し黙って場の状況を冷静に見ていたソフィアが楽しそうにカラカラ笑いながら肩をすくめる。
「おいおい。お前ら魔法で水を作れるのか?それならわざわざ井戸水なんか使う必要なかっただろう。いっそのことその水をこちらに譲ってくれないか?そうすれば俺らがここで見張ってる必要もなくなるわけだし」




