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第三章 嫌な予感


――五分後


「オロロロロロ」


私は狭い窓に向かって嘔吐する。


「きゃぁぁぁ」


さすがに揺れると言っていただけあり、ただの森の中なのにまるで山道でも走っているかのようにグネグネと揺れた。


おかげで私は吐いてしまった。


「アムレット。しっかりして」


カシスが私をゆさゆさと揺さぶる。


しっかりしてるし意識もあるけど、気持ち悪くて力が出ない。


「ごめんまだ動けない」


私は力なく言う。


「次の村まであと三十分だ」


ソフィアが私にそう伝える。


ずいぶん早いな。


少し仮眠を…


「……アムレットさんなんか、嫌な予感がします」


「シャーロットの予感はよく当たる。気を付けて。」


とることはできなさそうだ。


そうシャーロットが告げた直後に、深い森の中から恐ろしい魔物の叫び声が聞こえた。


ぐぎゃぁぁぁぁ


予感当たるの早すぎるだろ。まぁ、間違いない。


さっきの私たちの悲鳴で、魔物に私たちの場所を探知されてしまったらしい。


この森は、魔物が多数生息する割にはどれも、こちらから攻撃しなければ攻撃してこない穏やかな魔物が多い場所で、静かに通れば大丈夫と思っていた自分がばかだった。


「っ!」


シャーロットが声にならない悲鳴を上げた。


「おいおい、こんなの聞いてねぇぞ」


ソフィアも、青ざめた顔で窓ガラスを凝視していた。


「何かいるの?」


私もみんなと同じようにカシスが開けてくれたカーテンから外の様子を覗く。


私が嘔吐したのとは反対方向の窓だ。


「黒い…影?」


それは本当に影としか思えないような代物だった。


まるで夜でも連れてきたのか、はたまたそれそのものが夜だとでもいうように、先の見えない暗闇は、下半身がない人の形をした幽霊のようだった。


それが進んだ道は、木も草もなく、乾ききった荒れ地の砂が残るだけだった。


しんと冷たい風が吹く。


それは私の知っているどの空気よりも冷たいものだった。


「これはあたしの知っている魔物じゃないねぇ」


四人の中で唯一先頭経験のあるソフィアが声を潜めて呟いた。


そこには冷静さを強調しながらも焦りと不安がにじんでいた。


「じゃあ…じゃあ、これは何だっていうんですか?」


シャーロットは誰よりも早く、座席の下の避難場所に潜り込むとがくがくブルブル頭だけ出しながら震える声で聞いた。


「シャーロット。まずはおびえるより前にわざわざどいてあげた私にお礼を言うべき」


カシスはシャーロットに詰め寄る。


「でも怖かったからぁ」


「えぇい、あんたら。今は結構危ない状況なんだから静かにしてって。


…で、シャーロットの質問だけど正直私にもわかんねー。


けどね、あたしらに対処できる代物じゃねぇ。


カシス!無駄話していないで魔法の詠唱始めな!」


ソフィアの指示に一瞬むくれそうになるカシス。


けれどそれが冗談でも、過剰な判断、でもないことに気が付いた。


「チッ…。無駄話じゃないんだけどな。」


カシスは舌打ちすると、詠唱を唱え始めた。


次第にいくつもの六芒星の魔法陣が彼女の周りをまわる。


「シャーロット!王国とハジマリの村までそれぞれ何キロだい?」


ソフィアはシャーロットにも指示を飛ばす。


自分だけが役立たずになったみたいで少し悲しい。


「今は王国から七キロ一時間半、ハジマリの村まで六キロ一時間十分」


え…聞いてた話と違うんだけど。


「それで、勇者様。


あれ何かわかる?」


藁にもすがる思いというような形相でソフィアが聞いてきた。


もちろん私は首を振る。


今の私にできるものはない。


「もうすぐ魔法使えるけど本当にあれに射っていいの?」


カシスは直感を無視できずにそう聞いた。


もっとこう生物の本能的に嫌な予感がしたからだ。


「わかんねぇ。わかんねぇけどもうちょい待ったほうがいい気がする」


そこににじんでいたのは明確な焦りだった。


今ここで追い返さなければ自分たちは『消える』のだろうか。


自分の一言で、彼女たちの生死を決めてしまう。


彼女たちが死ねば自分が殺したことになる。


そのプレッシャーがソフィアに計り切れないような重荷を与える。


彼女自身、別に戦闘経験が豊富とか、リーダーの経験があるとかはなかった。


あくまで盗賊の娘として何度かついていっただけだ。


「な、何ですか?」


シャーロットは聞く。


ソフィアは自分の少ない経験から総合してどうにか簡単な仮説を立てる。


「あれは…あれは意思を持っている動き方じゃねぇ。


きっとあたしらの叫び声につられてやってきただけのものだ。


ここから離れてもおってくることはないだろう。


でもここでどでかいのを放ったら、きっとあいつに敵認定されて地の果てまで追跡される。」


噓か本当かはわからない、きっとその答えにも迷いがあったはずだ。


それを知りつつも私は、彼女を信じる。


だって、まだ始まったばかりの旅でも彼女は『仲間』だから。


「じゃぁ御者さん。できるだけ早く次の街におえっぷ(行ってください)」


き、気持ち悪い。


さっきまではなぜか緊張で忘れてたけど、今絶賛馬車酔い中なんだった。


もっとゆっくり走ってもらおうかな?


いやそれだと追いつかれえそうだし…。


「わかりましたできるだけ早くいきます」


その瞬間、馬車のスピードはぐんと上がり、ソフィアと私とカシスは椅子にめり込んだ。


座席の下にいるシャーロットはあちこちぶつけて痛いとわめいている。


「きゃ、きゃぁぁぁムグッ?」


今は叫んではいけないとそれぞれがわかっているからか私たちは、ソフィアはシャーロットの口をふさぎシャーロットはカシスの口をふさぎ、カシスは私の口をふさぎ私はソフィアの口をふさいだ。


これがほぼ同時に行われたのが恐ろしい。


私たち初対面だよね…?


こんな絶妙な連携に口をふさがれてるとか関係なく言葉が出なくなった。


ガタガタ ドテ ゴロゴロ


馬車が急加速し、その上砂利道に差し掛かったことで私たちの沈黙は崩れ去った。


そのあれている道は、私の酔いを再度ゆ発させるのに十分だった。


「むぐむぐぐ(吐きそう、はなれて)」


私は懸命にカシスの手を外そうとした。


しかし、カシスは恐怖で手が動かないのか外してくれなかった。


「「「ア、アムレット(さん)?はかないで(ください)よ?」」」


三人の視線が私に集中する。


シャーロットは座席から勇逸出していた手以外にも頭をひょっこり出し、


「神に祈るべきでしょうか?」


と、天を仰ぐ。


カシスは、とっさに手を放し、


「魔法でどうにかできるか?


 いや、もはや打つ手なしか…」


と葛藤する。


しかし、そんな配慮や祈りやを、私の吐き気は裏切って、


「オロロロロロ」


――そしてついに決壊


シャーロットは聖職者のように(聖職者だけど)目を閉じて手を組んで、


「おぉ神よ、どうしてあなたは私の祈りを聞いてくださらないのですか?」


他二人は、


「きゃぁぁぁ」


と、あきらめの境地に至ることもなく、ただ絶叫していた。


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