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【SF短編小説】 言語の預言者 ~古代文字が告げる未来~  作者: 霧崎薫


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第8章 新しい言葉の誕生

 言語の戦いから一年後、エリア・ヴァッサールは国連本部の新設された「言語調和委員会」のオフィスにいた。窓の外には、新しい言語システム「ハーモニア」が浸透した世界の平穏な光景が広がっている。


 人々は依然として母語を大切にしながら、同時により深いレベルでの相互理解を実現していた。街角で異なる国籍の人々が、言葉の壁を越えて心を通わせている光景が日常となっている。


「エリア、素晴らしいニュースよ」


 マリア・サントス博士が興奮した様子でオフィスに入ってきた。


「消滅危機言語の復活プログラムが大成功している。ハーモニアシステムのおかげで、古代語を学ぶ若者が急増しているの」


 エリアは微笑んだ。新しい言語システムは、多様性を破壊するのではなく、むしろ促進していた。人々は母語への愛を深めると同時に、他の言語への興味も増大させていた。


 ユリが古代縄文語の研究から戻ってきた。彼女は現在、日本で縄文語復活プロジェクトを指導している。


「エリア、信じられない発見があったの」


 ユリは興奮を抑えきれない様子だった。


「縄文語の古代文書の中に、ハーモニアシステムとほぼ同じ言語理論が記述されていたの。まるで古代の人々が、この日を予見していたみたい」


「きっと彼らは知っていたのね」


 エリアは窓の外を見つめた。


「言語は生きている。時間を超えて、人々をつなぎ続けている」


 アマウタからも南米での報告が届いていた。インカの末裔たちが、古代ケチュア語の智慧を現代に活かした新しい共同体を作り上げている。彼らは「言葉の村」と呼ばれ、世界中から言語研究者や精神的探求者が訪れるようになっていた。


 そしてサラ・ウィンドソング博士は、世界先住民言語連合の代表として、各地の言語復活運動を統括している。


「みんな、それぞれの場所で頑張っている」


 エリアは感慨深くつぶやいた。


 しかし平穏な日々の中で、エリアは新たな感覚を覚え始めていた。まだ生まれていない言語——未来の世代が創造するであろう新しい表現形式の予感だった。


「宇宙言語」とでも呼ぶべきその言語は、地球外生命体とのコミュニケーションを可能にする言語だった。


 その日の夕方、エリアは一人でシリアの発掘現場を訪れた。今やそこは「言語の聖地」として世界的な巡礼地になっている。


 石版は特別な展示館に保管され、世界中の人々がその神秘的な力を体感しに来ている。しかしエリアには特別な許可が出ており、石版に直接触れることができた。


 石版に手を置くと、彼女の意識は再び時空を超えた。しかし今度は、遠い未来へ向かった。


 2050年、人類は火星に最初のコロニーを建設していた。そこで地球外生命体との最初の接触が起こる。その時、人類の代表として選ばれたのは、言語の調和を体現する新世代の人々だった。


 彼らは地球の多様な言語文化を背景に、宇宙規模でのコミュニケーションを実現する。それは言語が単に地球的な現象ではなく、宇宙的な生命現象であることを証明する歴史的瞬間だった。


 2075年、エリアは90歳を超えていたが、まだ現役で活動していた。彼女の周りには、世界各地から集まった若い言語研究者たちがいる。


 彼らはエリアのような特殊能力は持たないが、代わりにハーモニアシステムによって強化された言語感覚を持っている。そして彼らは、エリアが果たせなかった夢——時間を超越したコミュニケーション——を実現しようとしていた。


「師匠、あなたが始めた言語革命は、永遠に続いていくでしょう」


 最年少の研究者、17歳のアイカが言った。彼女は日本とペルーの混血で、縄文語とケチュア語を母語とする新時代の言語学者だった。


「私は始めただけよ」


 年老いたエリアは微笑んだ。


「本当の革命は、あなたたち新しい世代が起こすの」


 現実に戻ると、エリアはシリアの夕日を見つめていた。砂漠の向こうに、美しいグラデーションが広がっている。


 彼女の携帯電話にメッセージが届いた。それは元Dr.ノヴァクからだった。彼は現在、「レデンプション・テクノロジー」という新しい会社を設立し、技術と人間性の調和を目指した製品を開発している。


「エリア、新しいプロジェクトが始動しました。今度は、言語を通じて人間の創造性を最大化するAIを開発しています。あなたの監修をお願いできませんか?」


 エリアは返信した。


「もちろん。でも忘れないで、技術の目的は人間を置き換えることじゃない。人間をより人間らしくすることよ」


 日が沈む頃、エリアは発掘現場を後にした。明日もまた、新しい言語の可能性を探求する日々が続く。


 しかし今夜だけは、これまでの長い旅路を振り返る時間を持ちたかった。


 パリのアパートメントに戻ると、エリアは特別な日記を取り出した。それは彼女が28日周期で異なる言語で書き続けている日記だった。


 今夜は古代シュメール語で書く番だった。


「神々よ、私は約束を果たしました。言語の多様性は守られ、同時に新しい調和も生まれました。これからも、言葉に宿る魂を大切にし続けることを誓います」


 日記を閉じると、エリアは満月を見上げた。


 月の光の中に、世界各地の言語の精霊たちが踊っているのが見えた。シュメールの楔形文字、エジプトのヒエログリフ、縄文の自然文字、インカのキープ文字……。


 そして新しく生まれたハーモニア文字も、その輪に加わっている。


 すべての言語が一つの大きな調和を奏でている。それは宇宙そのものの歌声のようだった。


「言葉は永遠に生き続ける」


 エリアは小さくつぶやいた。


「そして愛も永遠に」


 その夜、世界中で新しい詩が生まれ、新しい歌が歌われ、新しい物語が語り始められた。言語は死ぬことなく、常に生まれ変わり、進化し続ける。


 エリア・ヴァッサールの使命は終わったが、言語の冒険は永遠に続いていく。


 月明かりの中で、新しい世代の言語の預言者たちが、既に次の冒険の準備を始めていた。言語の可能性は無限であり、人類の未来も無限だった。


 そして遠い星々の向こうでは、宇宙の言語学者たちが、地球からの「ハーモニア」信号をキャッチし、興味深そうに首をかしげていた。


 新しい時代の幕開けだった。


(了)

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