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【SF短編小説】 言語の預言者 ~古代文字が告げる未来~  作者: 霧崎薫


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第7章 言語戦争

 シリアの砂漠に転移したエリアたちの目に映ったのは、想像を絶する光景だった。古代メソポタミアの遺跡の上に、巨大なハイテク施設が建設されている。テックコーポレーションの最終拠点だった。


 施設の中央には巨大なアンテナが立っており、そこから青い光の波が世界中に向けて発信されている。ユニラング2.0のシステムだった。


「あそこが言語の発祥地……」


 エリアが呟くと、アマウタが険しい表情で頷いた。


「聖なる土地を冒涜している」


 しかし彼らの前に、さらに衝撃的な光景が広がった。世界各国の政府要人、メディア関係者、そして一般市民たちが、整然と列を作って施設に向かっている。彼らは皆、同じような表情をしており、機械的な動作で歩いている。


「まるでゾンビの行列ね……」


 ユリが震える声で言った。


 エリアは彼らの言語パターンを読み取ろうとしたが、そこにはもはや個性的な言語は存在しなかった。すべてが統一された「ユニラング2.0」で思考している。


「もう遅いのかしら……」


 絶望しかけたその時、砂漠の向こうから小さな一団が現れた。それは世界各地の先住民たちだった。アメリカのネイティブアメリカン、アフリカのブッシュマン、オーストラリアのアボリジニ、シベリアのイヌイット……。


 彼らを率いているのは、エリアが以前ネットワークで知り合った言語学者のサラ・ウィンドソング博士だった。彼女はネイティブアメリカンの血を引く言語保護活動家だ。


「エリア! 間に合った!」


 サラは駆け寄ってきた。


「世界中の先住民コミュニティに古代の記憶がよみがえったの。みんな、この戦いに参加するためにここに集まったのよ」


 エリアは希望の光を見た思いだった。


「でも、どうやってここまで?」


「各地の聖地で同時に祈りの儀式を行ったの。そしたら霊的な道が開けて……」


 しかしその時、テックコーポレーションの施設から警備部隊が出撃してきた。彼らは人間というより、サイボーグに近い姿をしている。


「侵入者排除」


 機械的な声で命令が発せられると、警備部隊が攻撃を開始した。しかし彼らの武器は通常の兵器ではなく、言語破壊ビームだった。


 ビームを浴びた先住民の一人が、突然自分の母語を忘れて機械的な言語で話し始めた。


「効率的です。抵抗は無意味です」


「みんな、散らばって!」


 サラの指示で先住民たちは四方に散らばった。しかしエリアは施設に向かって走り続けた。


「エリア、危険よ!」


 ユリが後を追ってくる。


「でも、あそこに源流の石版がある。あれを破壊しなければ……」


 施設の入口に到達した時、エリアの前にDr.ノヴァクが立ちはだかった。しかし彼の姿はもはや人間のものではなくなっていた。完全に機械化され、青い光を全身から発している。


「ついに来たな、言語の預言者」


「あなたは……人間だったのに」


「人間は不完全だ。感情、創造性、愛——これらは効率を阻害する。我々は完璧な存在に進化した」


 Dr.ノヴァクは手から言語破壊ビームを発射した。エリアは咄嗟に古代シュメール語の防護呪文を唱える。


 光の盾が現れ、ビームを防いだ。


「古代の迷信が我々の科学技術に勝てると思うのか?」


「科学技術じゃない、愛よ」


 エリアは言った。


「言語の根源は愛。人と人とをつなぐ愛。あなたたちにはそれが理解できない」


「愛などという非論理的な概念は……」


 しかしDr.ノヴァクの言葉は途中で止まった。施設の奥から巨大な爆発音が聞こえてきたからだ。


 振り返ると、先住民たちが施設の各所で古代の祈りを捧げていた。その祈りの言葉が、施設のシステムに干渉している。


「不可能だ……古代語がデジタルシステムを……」


「言語には魂がある。機械には理解できない力があるのよ」


 エリアは施設の中央部に向かった。そこには古代の石版が、巨大なコンピューターシステムの中核として組み込まれている。


 石版の文字が青白い光を発し、世界中にユニラング2.0の信号を送信していた。しかしエリアが近づくと、石版の文字が変化し始めた。


 古代の警告文が、新しい予言に書き換わっている。


「預言者よ、時が来た。言語の新たな誕生の時が。古代と未来、人間と機械、多様性と統一——すべてを調和させる新しい言語を創造せよ」


 エリアは理解した。戦いの目的は旧いものを守ることではなく、新しいものを創造することだった。


「ユリ、アマウタ、サラ、みんな! こっちに来て!」


 仲間たちが石版の周りに集まった。そして世界各地から、霊的な通路を通って他の言語の守護者たちも現れた。


 日本の神道の巫女、チベットの僧侶、アイルランドのドルイド、アフリカのグリオ(語り部)……。


「みんなで新しい言語を創造しましょう」


 エリアの提案に、Dr.ノヴァクが反発した。


「新しい言語だと? 我々のユニラングが完璧な言語だ!」


「完璧じゃない、死んでいる」


 サラが言い返した。


「言語は生きているもの。成長し、変化し、愛を込めて使われるもの。あなたたちの言語には命がない」


 エリアは石版に手を置いた。すると、これまでに集めた四つの聖地の力が一つに結集した。


 シュメールの創造力、縄文の自然調和、インカの宇宙的叡智、そして世界各地の先住民の魂の言語——すべてが融合し、新しい言語パターンを形成し始めた。


 それは機械的な統一言語でも、バラバラな多言語でもない。多様性と統一を両立させる、全く新しい言語体系だった。


「これは……」


 Dr.ノヴァクでさえ、その美しさに圧倒された。


 新しい言語は、個人のアイデンティティを保持しながら、深いレベルで他者と心を通わせることを可能にする。感情、創造性、直感——人間の魂のすべてを包含しながら、同時に論理性と効率性も併せ持つ。


 そして最も重要なことに、それは愛に基づいている。


 石版から発せられた新しい言語の波動が世界中に広がった。ユニラング2.0のシステムは、より美しく調和のとれたシステムに変容していく。


 世界各地で、機械的な思考に支配されていた人々が、徐々に人間性を取り戻し始めた。しかし彼らは以前の状態に戻ったのではない。より深い相互理解能力を身につけて目覚めたのだった。


 Dr.ノヴァクも変化していた。機械的な外観が人間らしさを取り戻し、瞳に感情の光が戻ってきた。


「これが……真の進化なのか……」


 彼は呟いた。


「効率だけでなく、愛も含めた……完全な調和……」


 エリアは微笑んだ。


「言語戦争の勝者は、誰でもない。みんなが勝利したの」



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