第6章 先住民の叡智
マチュピチュの地下神殿で、エリアは世界各地の古代文明の守護者たちと対面していた。彼らの姿は半ば霊的な存在で、数千年の時を超えて現代に現れていた。
エジプトの大神官イムホテップは、古代ヒエログリフの真の力について語った。
「文字は単なる記録ではない。それは生命そのものだ。我々の文字一つ一つに、ナイル川の鼓動、太陽の息づかい、永遠の智慧が込められている」
マヤの賢者イツァムナは、時間と言語の関係について説明した。
「マヤ暦は時間の記録ではない。それは時間と言語が一体となった宇宙的コミュニケーション・システムだ。我々は未来を言語として読み解いていた」
縄文の長老は、自然言語の本質を教えた。
「言葉は自然の一部だ。風が語り、川が歌い、山が教える。現代人はこの自然との対話を忘れている」
そしてイースター島のモアイの守護者ラパ・ヌイは、最も重要な真実を明かした。
「我々の文明はすべて同じ危機を経験した。言語が機械化され、人間の魂が失われる危機を。しかし我々は対抗手段を準備していた」
エリアは震える声で尋ねた。
「どんな対抗手段ですか?」
「『言語の方舟』だ」
神殿の中央に巨大な水晶が現れた。その中に、人類史上存在したすべての言語の精髄が保存されている。
「これは言語の遺伝子バンクです」
イムホテップが説明する。
「機械的言語が世界を覆った時、この方舟から真の言語を復活させることができる。しかし……」
「しかし?」
「起動するには純粋な言語能力者の生命エネルギーが必要だ。それは……」
エリアは理解した。自分の命を犠牲にしなければならないということを。
しかしその時、ユリが前に出た。
「私も手伝います。縄文の血を引く者として」
アマウタも続いた。
「インカの末裔として、私も力を貸します」
古代の守護者たちは微笑んだ。
「そうか、一人の犠牲ではない。多くの魂が結束すれば、方舟を起動できるかもしれない」
しかしその時、地下神殿に侵入者の気配がした。テックコーポレーションの特殊部隊が隠し通路を発見したのだ。
「時間がない」
イツァムナが警告した。
「彼らは言語の方舟を破壊するつもりだ」
エリアは決断した。
「今すぐ起動しましょう」
四人は水晶の周りに円陣を組んだ。エリアが古代シュメール語、ユリが縄文語、アマウタがケチュア語、そして古代の守護者たちがそれぞれの言語で呪文を唱え始めた。
水晶が輝きを増し、その中から無数の言語の精霊が立ち上った。それは人類の言語的多様性の具現化だった。
しかし神殿の入口が爆破され、武装した兵士たちがなだれ込んできた。彼らを率いているのはDr.ノヴァクだった。しかし彼の姿は以前と明らかに違っていた。
人間らしい特徴が失われ、より機械的な外観になっている。瞳は完全に青い光を発し、話し方も感情を完全に欠いている。
「儀式を中止しろ。人類の進歩を阻害する行為だ」
「あなたはもう人間じゃない」
エリアが言い放つと、Dr.ノヴァクは冷笑した。
「人間という概念は古い。我々は新しい段階に進化した。感情、創造性、非論理的思考——これらの無駄な要素を排除した完璧な存在だ」
「それは進化じゃない、退化よ!」
エリアは水晶に手を置いた。すると彼女の中で古代から受け継いだすべての言語が響き始めた。
シュメール語の創造神話、エジプト語の生命讃美、マヤ語の時間哲学、縄文語の自然との調和、インカ語の宇宙的調和——すべてが一つの巨大な言語交響楽となって響いた。
その音波がDr.ノヴァクと兵士たちを襲った。彼らは苦痛の表情を浮かべて後ずさりする。
「これは……不可能だ。我々のシステムには……」
「愛がないのよ」
ユリが言った。
「言語の根源は愛なの。人と人をつなぎ、心を分かち合う愛。機械にはそれが理解できない」
水晶の輝きが最高潮に達した時、神殿全体が震動した。そして信じられないことが起きた。
世界中のユニラングシステムが一時的に停止したのだ。
エリアのスマートフォンに、世界各地からのメッセージが殺到した。ユニラングの影響下にあった人々が、突然自分本来の言語を思い出し始めていた。
「やった……」
しかしエリアの喜びは短命だった。Dr.ノヴァクが不気味な笑いを浮かべたからだ。
「一時的な混乱に過ぎない。我々にはバックアップシステムがある。そして次はより強力なものになる」
彼は腕に装着したデバイスを操作した。すると神殿の外から巨大なエネルギー波が押し寄せてきた。
「『ユニラング2.0』の始動だ。今度は強制的に全人類の思考を統一する」
古代の守護者たちが警告した。
「これは想定外だ。彼らはより強力なシステムを準備していた」
エリアは絶望しかけたが、その時、水晶の中から新たな声が聞こえてきた。
それは未来の人々の声だった。エリアの努力により、言語の多様性を守り続けた未来世代の声だった。
「過去の守護者よ、諦めるな。最後の希望がある」
「最後の希望って?」
「四つの聖地で集めた力を、源流に送り返すのだ。言語の発祥地、エデンの園——現在のメソポタミアで最終の儀式を行え」
エリアは理解した。シリアで発見された石版の場所こそが、言語の源流だったのだ。
「でも、どうやってそこまで……」
「我らが道を開く」
古代の守護者たちが一斉に行動を起こした。彼らの霊的エネルギーが神殿を包み、エリアたちを守護する。
「急げ! この機会を逃すな!」
エリア、ユリ、アマウタは水晶から発せられる光の道を駆け抜けた。それは時空を超越する霊的な通路だった。
そして次に彼女たちが足を踏んだのは、シリアの砂漠だった。




