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【SF短編小説】 言語の預言者 ~古代文字が告げる未来~  作者: 霧崎薫


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第1章 古代の声


 2025年9月の朝、シリア・アレッポの発掘現場から送られてきた写真を見た瞬間、エリア・ヴァッサールは深く息を吸い込んだ。パリの小さなアパートメントの窓際に座り、タブレットの画面に映る古代文字を凝視する。その文字は彼女がこれまで経験したどの言語とも異なっていた。


 しかし異なるからこそ、それは彼女を呼んでいた。


「また新しい子たちが来たのね」


 エリアは小さくつぶやくと、深い紫の瞳を閉じて瞑想状態に入った。彼女にとって古代文字は死んだ記号ではない。そこには生きた魂が宿っている。


 数分後、彼女の意識は時空を超えて古代メソポタミアの砂漠へと飛んだ。紀元前4000年頃、まだ文字が生まれたばかりの時代。しかしそこで彼女が見たものは予想外だった。


 古代の神官が刻んでいたのは過去の記録ではなく、未来への警告だった。


「来たるべき時、人の言葉は機械と融合し、思考そのものが支配される。しかし選ばれし者よ、古の智慧と未来の視野をもって、言葉の自由を守れ」


 エリアは息を呑んだ。古代シュメール語でありながら、その中に未知の言語要素が混在している。それは彼女が最近感じ始めていた「未来の言語」の予感と一致していた。


 電話が鳴った。国連言語多様性特別部門のディレクター、マリア・サントス博士からだった。


「エリア、緊急よ。シリアの発掘で見つかった文字、解読できる?」


「ええ、でもマリア、これは単純な古代文字じゃない。これは……」


「何なの?」


 エリアは窓の外のパリの街並みを見つめながら答えた。


「予言です。そして警告。私たちの言語に何かが起ころうとしている」


 翌日、エリアはシリアへ向かう飛行機の中にいた。隣の席には考古学者のジョン・ハリス博士が座っている。50代後半の彼は30年間中東の発掘に携わってきた専門家だ。


「エリア、正直に言うと私は君の能力を半信半疑だった。しかし今回の発見は常識を超えている」


 ジョンは発掘現場の詳細写真を見せた。地下10メートルの地層から発見された石版は、明らかに異なる時代の文字が層状に刻まれている。最下層は紀元前4000年頃のシュメール語、しかしその上には紀元前3000年、2000年、1000年と時代を追うごとに文字が刻み足されている。


 そして最上層には、どの時代のものとも判定できない文字があった。


「まるで未来の誰かが過去に遡って文字を刻み足したようだ」


 ジョンの言葉にエリアは頷いた。彼女にはその「未来の誰か」が誰なのかうすうす分かっていた。それは彼女自身かもしれない。


 アレッポの発掘現場は想像以上に厳重に警備されていた。シリア政府、国連、そして複数の国際機関の職員が現場を取り囲んでいる。しかし最も目を引いたのは、現場の一角に設営されたハイテク機器の数々だった。


「あれは何?」


 エリアが尋ねると、現場責任者のアミン・アル=ファリド博士が苦い表情を浮かべた。


「テックコーポレーションの調査チームよ。彼らは古代文字をAIで解析するシステムを持ち込んだ」


 テックコーポレーション——世界最大のAI企業の一つで、最近「ユニバーサル翻訳システム」の開発を発表した企業だ。彼らのCEO、リチャード・ストーン氏は「すべての人類が同じ言語で思考する時代」を提唱している。


 エリアは背筋に寒気を感じた。それは彼女が古代文字から読み取った警告と一致している。


 石版を直接目にした瞬間、エリアの意識は再び時空を超えた。しかし今度は未来へ向かった。2030年、世界中の人々がテックコーポレーションの「ユニラング」と呼ばれる人工言語で思考している。多様な言語は「効率性」の名の下に淘汰され、人類の思考パターンは均一化されている。


 しかしその中で、消滅したはずの古代語を話す人々が密かに抵抗組織を結成していた。彼らは言語の多様性を守るため、古代の智慧を現代に甦らせようとしている。


 そしてその中心にいたのは、年老いた自分の姿だった。


「エリア? 大丈夫?」


 ジョンの声で現実に戻る。彼女の頬には涙が流れていた。


「この文字、解読できるの?」


 アミン博士の問いにエリアは頷いた。しかし同時に、テックコーポレーションの調査員たちが興味深そうに彼女を見つめているのに気づいた。


「できます。でも時間が必要です。そして……」


 エリアは石版に近づき、手を触れた。瞬間、古代と未来の声が同時に響いた。


「この知識は慎重に扱われなければならない」



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