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因果応報

最終回です。

 異世界召喚を阻止すると決意した、その数ヶ月後。


「召喚」を「返還」に変える理論はできた。

 だが、取り外し式の行く先を書いたプレート部分と違って、舞台に刻み込まれている魔法陣を書き換えることができない。


 魔法陣は特殊な素材なのか、台座を傷つけることも破壊することもできなかった。

 それをやってしまえば、国の利益に繋がる施設を破壊したと反逆罪に問われる危険性もある。




 ある日、息抜きに、聖女を判定した魔道具を戯れに使ってみたら、驚くことが判明した。

 千佳に「巻き込まれた人」ではなく「穿つ者」という称号がついていたのだ。

 召喚されたときに、魔道士長が意味のない称号だと切り捨てたのかもしれない。


 あまりにも理不尽な行いに、「ふざけるな!」と魔法陣の台座に拳を叩きつけたら……台座がへこんだ。

 千佳がおそるおそる台座をつついたら、指の形にへこむ。それはもう、粘土のように、柔らかく。


 次に、エリシナがつついても、金槌で叩いても変化はない。


 異世界人だから異世界召喚の魔法陣に干渉できるのか?


 もう一人の異世界人しずくを呼び出したら、子どもが寝静まった時間なら大丈夫ということで夜を待つ。

 エリシナは夫に連絡をして、子どもたちの世話を頼んだ。

 王太子にも報告をしたら、本人がお忍びでやってきた。



 夜も更けたころ、しずくが実験してみた、台座に変化はなし。


 千佳の能力は、魔法陣に干渉するものだということが確定した。



「とりあえず、『召喚』の文字を『返還』と書き換えてみましょうか」

 エリシナはわくわくしながら、千佳が書き換えるのを見守った。


 無事に書き換えられて、その場にいた全員から感嘆の声があがる。

 これで一歩前進だ。

「異世界召喚は人権侵害なのでやめましょう」と口で言うのではなく、物理的に手段を潰せた。


 喜びに浸りたかったが、夜遅くなったのでその日は解散することに。


 次の日は休みにして、その翌日にまた集まることを約束した。

 召喚先を決めるプレートは地球の地理に合わせて置いてみたので、後日書き写してからしまおうと、そのままにして部屋を出た。




 次の日。

 そんなことを知らない、魔道士長がこっそり異世界召喚をしようとやってきた。

 後継者である次男が名をあげて、自分に当主の座を譲れといつ言い出すか分からないと危機感を持っているのだ。



 発動するだけの自分と、発動だけでなく魔法陣解析の頭脳を持った次男。

 魔力量は自分の方が多いが、自分が見つけられなかった方法をまた発見されたら、地位を奪われるかもしれない。

 次男は何度問うても、どうやって研究を進めているのか白状しない。親不孝者め。

 なにが「天性のひらめきで」だ。


 国王たちは召喚に弱腰になった。年寄りは保守的になるものだが……呆れてしまうな。


 愚痴っぽくなった魔道士長は、ブツブツ文句を言いながら一人で召喚の準備を始める。


 魔法陣を見ると、一部に穴が空いている。プレートが外されているのを見て、舌打ちをした。

 他にも、複数のプレートが床に散らばっている。なんて、だらしのない。

 何を調べているのかしらないが、元に戻さないなど、持ち主である当主……つまり、私に対して無礼だと思わないのか。



 自分の領域に他人を入れることに嫌悪感がこみあげる。

 異世界召喚に国王の承認が必須というのは、単なる手続きの問題だ。

 承認がなくても起動できるのだ。ふん、今に見ていろ。


 散らばっているプレートを棚に戻し、鼻息荒く、まったくと吐き捨てた。

 そのうちの一枚を、空いている穴にはめる。

 ほら、これで美しい魔法陣に戻ったぞ。


 鍵付きの棚を開け、召喚の魔法陣を起動する魔道具を取り出す。

 当主に受け継がれる鍵。当主しか触ることを許されない魔道具。

 これらを引き継いだときの、晴れがましい気持ちは今でも鮮明だ。


 魔道士長は、魔法陣の定位置についた。

 体を巡る魔力を感じる。魔力を練り上げて密度を高め、腕を通して魔道具に注ぐ。

 少しずつ魔道具に魔力が溜まっていき――。


 満足げにうなずいた彼は、ついに……禁断の、独断召喚をやってしまった。

 ただ、自分のプライドを満たすためだけの、意味のない召喚を。




 その日の夜、魔道士長の姿が食事の時間になっても現れず、どこにもないと騒ぎになった。

 屋敷の使用人の女性たちは屋敷を探し回り、男性たちは数人で組み心当たりの場所を捜しに行く。魔道士長がさらわれていた場合は、乱闘になるかもしれないのだ。




 エリシナは召喚魔法陣の間で倒れているかもしれないと、次兄に鍵を借りて、念のために部屋を覗いた。



 昨日、床に広げていた行き先プレートが片付けてある。


 いつも施錠されている棚が空いていた。ここの鍵は父しか持っていないはず。そして、中には何もない。

 部屋の中を見回しても、召喚魔法陣を起動のための魔道具は見つからない。


 ……まさか、父は人知れず、異世界召喚をやろうとした?

 そして、持ったまま、どこに送還されたんだとしたら?


 魔法陣を確認したエリシナがつぶやいた。

「このプレート、三大宗教の聖地……」


 互いが正義を主張し、譲り合わず。それを利用しようとする勢力に翻弄されて。

 平和なときもあるけれど、いつ争いが起きるかわからない場所と聞いている。



 結局、魔道士長を務める父は、チカたちに一言も詫びなかった。

 人生を奪われた嘆きを鼻で笑い、光栄に思えと言い放ち、利用することだけを考えていた。


 今度は逆に、奪われ、誰かの主張を押しつけられるのだとしたら……因果応報。

 力を持つからと、人を蹂躙することに罪悪感を持たない人間に、相応しい罰ではないか?


 手洗いダンスも房ようじでの歯磨きも拒否して、孫たちに不潔だと嫌われて。

 それすら異世界人のせいだと、恨みごとを言っていた頑固じじい。


 自分の親だと思うと情けなさすぎて……いつしか憎悪に変わりそうだった。

 もう、かつての輝かしい魔道士の姿はなく、地位にしがみつく老害と化していた。


 薄情でごめんなさい。

 親との別れよりも、これ以上、拉致の被害者を出さずにすむ安堵の方が大きいわ。



 もう二度と異世界召喚なんか、できないわね?



 ああ、チカ! 私たちの大願は成就された!

 エリシナは感極まり、両腕を交差して自分を抱きしめた。


 正当な道筋では進むことができず、兄をそそのかして後継者にし、搦め手から研究を進めた日々。

 失われた技術の大きさと、昔の魔道士たちの倫理観の欠如に震えた。

 研究成果の中から、当たり障りのない、けれど名声を高められそうな内容を選んで兄に捧げる。その一方で、再度、召喚をしようという声に怯えるという矛盾。


 それらから解放される!




 このことに、魔法陣を読めない兄は気付かないだろう。


 ならば、後の対応は「後継者」である兄に任せればいいでしょ、とエリシナは考えることにした。後継者は権利を享受するだけでなく、義務も引き受けないとね。


 とりあえず、「召喚魔法陣を起動する魔道具も見当たらない」と耳打ちしに行こう。 


「私にできることがあったら、何でも言ってね。お手伝いするわ」と。

 兄の指揮の下、捜すふりをしよう。エリシナはあくまでサポート、主導して動いたりしない。




 翌日、捜索の合間に、王宮の千佳を訪問して状況を説明し、それを王太子にも伝えてもらうことにした。


 すぐ帰るというエリシナを、千佳は馬車乗り場まで送ってくれた。

 異世界召喚を阻止する希望が見えてきたところで、あっけなく解決したことに、妙な脱力感がある。

 それを、歩くことで少しごまかせる気がして、二人はゆっくりと大地を踏みしめながら歩いた。

 もう、「早く解明しなきゃ」と急ぐこともないのだし。


「兄さんが真相に近付けるか、お手並み拝見よ」と機嫌よく、エリシナは歩きながら鼻歌を歌う。


「……それ、昔、下品だと叱られた歌ネタのリズムに聞こえるけど、気のせいかな」

 千佳がにんまりと笑み、エリシナは「チカが何度も歌うから覚えちゃっただけよ」と笑った。




 エリシナは数日間捜すふりをしていたが、適当なところで捜索から離脱した。

 他の魔道士や騎士たちも、通常業務に戻っていく。




 エリシナの兄は、「魔道士長が異世界召喚の魔法陣の起動装置を持ったまま、行方不明」ということを国王に告げた。

 国王は他国に問い合わせを出したが、芳しい返事はなかった。


 王太子がどこまで国王に情報を伝えているか、千佳もエリシナも知る術はないし、興味もない。

 本気で捜す気であっても、捜しているというパフォーマンスであっても、関係ない。



 どこかの国あるいは犯罪組織にさらわれたか、国を裏切って出国したか、などと様々な憶測が流れた。

 魔道具が発展している国で見かけたという噂もあったが、その後、見つかったという続報はない。


 結局、特にできる対策もなく、捜索や外国への問い合わせは打ち切られた。



 ……きっと、千佳としずくの捜索も、こんな風に打ち切られたのだろう。




 そんなある日、突然、千佳が叫んだ。

「そういえば、魔道士長をしばき損ねた!」


「ハリセンを用意してたのに無駄になったね」と、しずく。

「無駄にしないために、学園に持っていって、コントの新しい世界を伝えるとしましょうか」

「スパーンといい音がするようにね」

 しずくがスパーンと見本になるようないい音を立てた。


「『なんでやねん』とか、『ええかげんにせえ』とか、ニュアンスが伝わるのかな?」

 千佳が疑問を口にする。

「ノリツッコミで、なんとなくわかるんじゃない?」

 気楽に行こうよと、しずくはスパンとハリセンを手で受け止めた。



「そういえば……」と、馬車の中でしずくが話しだす。

「アメリカンジョークが理解できないみたいに、最近の生徒たちのネタ、笑いどころがわからないことがあるんだよね」


「異文化のせいなのか、ジェネレーションギャップのせいなのか……」

 千佳が腕を組んで、首をかしげる。


「ええ! ジェネレーションギャップ?!

 私たち、こっちに来てからもう十年……若者が理解できないお年頃になったのかも?

 いいや、まだ、それには早くない?」

 しずくがショックを受けて一人でボケとツッコミをしている。


 いや、あなたのお子さんもすくすく育っているんだから、時間は流れているのだよ、と千佳が突っ込む。


「ノンノン、私たちの世界のお笑いは、まだ通じるよ。王太孫に『そんなの関係ねぇ』がウケたもん」

「しーたん、いつそんなことを……? 思春期真っ只中の子に教えたら、頻発しまくるでしょうが?!」

「ちーちゃん、フラストレーションは小出しにしていった方がいいんだって。

 ……今頃はどんな新ネタが流行っているんだろうね。私たちが知っているのは、十年前だもんねぇ」

「それこそ『そんなの関係ねぇ!』だよ」


 馬車の中に笑いが満ちる。



 王太孫の一発ギャグを見た国王と宰相は、より一層、異世界召喚反対の意を強くするかもしれない。

 軽率な決断を、一生、反省し続けてもらおうじゃないか。



 魔道士長がどこかに飛ばされたこと、もう異世界召喚ができないことは、しずくにも言っていない。

 エリシナと王太子と三人だけの秘密だ。(国王や宰相が知っているかは、知らん)


 エリシナの兄は、いつまで父を捜すのだろうか。


 家族としての情があるのか、異世界召喚の技術を失えないと固執しているのか……。

 召喚を諦めて他の魔術を磨く道もあるのだけれど、エリシナがそれを言ったところで聞く人ではないらしい。

 人の研究成果を自分のものとして何食わぬ顔で発表するより、当てのない捜索をしている方がマシかもね。


 あ、死亡確認しないと当主になれないって捜しているとか?

 まあ、どんな理由があっても、他人事だわ。



 過去の魔法陣を起動するだけの男だった、魔道士長。

 肩書きが通用しない世界で、どうやって生きていくのだろう。

 イチから生活の基盤を構築するのが、どれだけ大変か。


 私たちが味わった不安、苦痛や悲しみを、味わえばいい。



 ――こうして、真相は藪の中。

 なんちゃって。


国家プロジェクトである魔道士復活、技術復活の一つ、「異世界召喚」をやめさせようと思ったら、十年かかっちゃったというお話でした。

「良くないからやめよう」と言っても、なかなか社会は変わらないよね……というのを、ひっくり返してみたぞ。裏から手を回したり、正当派じゃなくて、ごめんなさい。


お楽しみいただけたら、嬉しいです。

感想や評価をいただけたら、飛び上がって喜びます。

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