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異世界召喚の果てに  還れない者たち……でも、そんなの関係ねぇ  作者: 紡里


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戻せないもの

うつ状態の描写があります。苦手な方はご注意ください。

 しばらく、抜け殻のように何もする気が起きなかった千佳。


 ただ、朝起きて、ご飯を食べ、二度寝して、昼に起きて、ご飯を食べ、昼寝して、夕方に起きて、ご飯を食べ、寝る。

 でも、いつもの半分も食べられないし、王城の浴場に行く気力も湧かない。


 病気ではないのに、そんな生活をしていた。


 人の話し声が頭に響いて、うるさい。

 食事を運んでくれるメイドさんの、心配そうな気配がうっとうしい。

 励ましの言葉は、さらに不愉快。


 ……私、どうしちゃったんだろう。



 暖かいタオルで体を拭いていたが、一ヶ月くらい経って、ようやく浴場に行けるようになった。


 元の世界に戻れないということに、自分がこんなにショックを受けるとは思わなかった。

 多分、軽くうつ状態だったんじゃないかな。




 食欲が戻ってきた頃に、第二王子と結婚した元公爵令嬢のレイナからお茶に誘われた。


 同じ王宮に暮らしていても、レイナは王族の私的エリアで、私は高官たちに与えられるエリアで生活しているため、なかなか会う機会がない。


 初めて会った頃は問題児の第三王子の婚約者だったせいか、キツい印象があったレイナ。

 今は第二王子に溺愛されて、華やかで優雅な微笑みを讃えている。



 美味しそうなお菓子と紅茶が用意されていた。


「チカは結婚しないの?」と遠慮なく訊かれた。


 これ……王太子に訊くように言われているな、とげんなりする。

 帰れないとわかったときに、子どもまでいるしずくは冷静だったから。

 もしくは、投げやりになった女には、男が必要だとでも言いたいのだろうか。


 召喚されて十年が経ち、千佳は三十歳だ。

 こちらの世界では、初産が三十歳を超えるのはとても危険だと言われている。

 平均寿命も短そうだし、人生「巻き」が入っているよなぁ。



「結婚が幸せというイメージがないので、元々、結婚願望があまりないんですよ」


 端から見たら、平凡で幸せな家庭で育ったと思う。

 だが、母親は父親の悪口を子どもに聞かせて、自分の味方にしようとする人だった。

 そんなに言うなら、離婚すればいいのに。

「子どものため」と言われて、自分に経済力がないだけじゃん、恩着せがましい……と考えてしまう、可愛げのない娘だった。


 だから、芸人になって自宅を出て、自立したかったんだよね。



「それと……申し訳ないんだけど、こちらの人とキスしたいと思わなくて」

 レイナがきょとんとしているので、説明した。


 異世界では貴族でも、布で歯を拭いて、ハーブを噛むのが一般的だった。

 江戸時代に房ようじで歯を磨いていたのを参考に、口腔衛生を提案したが、貴族の一部に定着しただけ。

 公衆衛生に続いて、口臭衛生も改善していただかないと無理だわぁと千佳は苦笑いする。


「あら……シズクは平気なのかしら?」

「しーたんは聖女だから、『浄化』で大丈夫みたいですよ」

 こういう細かいところで、ちゃんと召喚された聖女と、巻き込まれただけの自分の差を感じてしまう。


「それなら、仕方ないですわね。

 でも、結婚しなくていい人生を目指すなんて、斬新な考え方ね。チカを見ていると、そういうのも悪くない気がしてきますわ」


「そういうの、『おひとり様』って言うんですよ。第二王子が嫌になったら、ぜひ。

 ……多分、第二王子は追いかけてくるでしょうけど」


 二人で顔を見合わせて笑ってしまった。

 愛妻家で、子煩悩な第二王子。



 第三王子がいなくなってから平和だという話になり、十年前に、卒業式で断罪をした人たちのその後を聞いた。


 元・第二妃の出身国、ドラクメル大公国は帝国に併合された。帝国から一度独立したものが、元に戻ったというか。

 第三王子とその母である元・第二妃の行方はわからない。

 騎士団長の息子も同様で……けれど、誰も捜しに行こうとはしなかった。


 魔道士長の三男カイルは、他国の研究所で衰弱死。


 宰相の息子エリオットは、カイルが帰国しないように見張るお役目が終わったので、帰国したそうだ。

 エリオットはレイナに、学生時代に辛く当たって悪かったと謝罪。

「大人たちの作戦だったので仕方ないと許したわ」

 レイナは肩をすくめた。



 騒動の中心だったリリィ・バーンス男爵令嬢。

 彼女の家は爵位を返上して平民になったが、家屋は縁起が悪いと売れなかった。

 最近になって放置されていた家屋を解体したら、隠し扉からノートが出てきたそうだ。


「これなんだけど、何が書いてあるかわかるかしら?」


 見慣れた、日本製のノート!


 震える手で開いてみると、懐かしい日本語が目に入る。

 ヒロイン、逆ハーレム、悪役令嬢など日本語で書いてあった。

 ラノベの読者か! え、ここ? どの作品の舞台だったんだろう?


 なんと、バーンス家は、二百年前に召喚された異世界人の子孫だった。


 だが、リリィはこちらの生まれで、日本語は読めなかったはず。

 それなのに、不思議なことに、先祖と同じような行動をしていたとは……遺伝子にでも組み込まれているのだろうか。



 さて、リリィのその後について。

 平民になり居酒屋で給仕をしていたが、またもや三股をかけ、その内の一人に刺されたそうだ。


「ちやほやされないと満たされなくなってしまったのかしら?」

「モテると気持ちいいみたいですよ」

 元の世界で聞いた「私のために争わないで」という内容の歌を歌ってあげた。


「なるほどねぇ」とレイナに感心されてしまったわ。 


 メイドさんに紅茶のおかわりを淹れてもらう。

 召喚された当時は、本物の「メイド喫茶」だとはしゃいだことを思い出した。




 そのノートを借りて、久々にエリシナに会いに行った。


 ハグされて、泣かれてしまった。

 私がうつっぽくなって心配かけたのと、エリシナの父親が異世界召喚をした罪悪感と……魔道士長本人が全然悪いことをしたと思っていないのにね。



 召喚者の記録と照合したら、二百年前に逆ハーレムで断罪返しされ、ハーレム要員の王子が男爵に臣籍降下した家だった。

 つまり、うっすらと王家の血を引いていたわけで……まっとうな手続きを取れば、王子と結ばれる未来があったのか?


 いや、第二妃を排除するために動いていた公爵たちに、それは阻まれたかもしれない。




 ともあれ、一旦仕切り直して。

 異世界返還は諦めて、異世界召喚を阻止する方法を模索することにした。



 異世界から召喚された人の記録は、一人で一冊にまとめられている。

 分厚いものも、薄っぺらいものもある。薄い理由……こちらで生きた日々が少なかったと考えると胸が悪くなりそうだ。



 そして、宰相の家に記録がなかった人たちの冊子は、悲惨なものが多かった。


 ……次に宰相に会ったときは、ご先祖様に免じて、少しだけ優しくしてあげようかな。

 そんなことを考える千佳だった。


次回で最終回にできるかな。

長くなりすぎなければ、その予定です。

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