第8話『精霊の湖杜絵』
湖の奥深く、ドルフィンの背に乗って、森林から吹く風が気持ちいい。
ーーーきゅー!!
ドルフィンが鳴き声を上げて、振動の波紋の中には、こちらを招くように、小さな光が複数飛び交う。
森林を抜けると強い光が反射する。
『うわ、眩しい!』
目を開けると色とりどりの花たち、それと同じくらいある色の小さな光たちが、ほわほわと花のように舞う。
まるで、お祖母様が教えてくれた
「蛍みたいだ。」
あちこちの木には、果実がなっていて。この場所の豊かさがわかる。
自然と明るい気持ちになるな。
『あ、見て!あそこに何かいるよ!』
大きな体格なのに、オカリナのような、繊細な鳴き声が耳に心地良い。
「カナリア、だったと思う。図鑑で見たことある」
海の動物だけでなく、蝶々が飛んでいると、本当に夢のように思えてしまうな。
ーーーきゅーーい!
ドルフィンがまた鳴いた。
「こんにちわ。私は中精霊のアカリよ、よろしくね!」
「私はグレイリィ。こっちはルゥだ。」
『これでも氷珀竜なんだよ!』
「ふふ。わかっているわ!これでも中精霊だもの!」
精霊は予知能力があると聞いたことある。
「女王様である、ソルフェージュ様までの道中を、私が案内するように言われているの!
ドルフィーナ、頼むわね!」
ドルフィンは返事するかのように、尾鰭で水面を叩いた。
『冷たい、水が跳ねたよ。ドルフィン。』
「ふふ。さぁ、案内するわ!こっちよ!」
少し先に進むと、広い水場では数多くのドルフィンが、飛んだり跳ねたりする、水飛沫が太陽に反射して、キラキラと七色の光も相まっている。
『すごーい!歓迎してくれてるのかな?』
「えぇ、そうよ!もし、歓迎されてなかったら、このドルフィーナも攻撃するもの」
「そうなんだな。」
歓迎されるというのは、嬉しいものだな。
『ボク、ちょっと遊んでくる!』
肩に乗っていた、ルゥはテンション上がって、ドルフィンの群れに飛び回って行った。
「あまり遠くいくなよ!」
『わかってる!』
ドルフィンと戯れている、ルゥいいな。
「ひらひらと舞う、水の華。
赤や黄色の暖かい色。
桃色やオレンジ可愛い色。
青色、緑色が心を落ち着かせ。
紫は不思議な雰囲気にさせ。
黒は白を支え、白は黒を作り出す。
さまざまな色が、あなたたちを彩る
素敵な日が、明日訪れると願って光り輝く。」
水の精霊女王である、ソルフェージュの
美しく響き、オタリアとドルフィンの共鳴が
とても心に響く。
『…さすが、ソルの歌声だ。』
さっきまで、遊んでいた。ルゥも私も、彼女の歌に聞き入っていた。
精霊女王の固有スキル。
"人々の愛と癒し"が染み渡るな。
「あなたを歓迎するわ。グレイリィ・ヴィラン」
「ソルフェージュ様、歓迎の言葉と歌声。痛みいます。」
7歳の時は、知らなかったけど。家で古い書物を見つけて呼んだら、そこには海の神殿で、ウンディーネのご加護を与えてくださるのは、ソルフェージュ様だと、書かれていた。
「蒼白竜よ、あなたも元気そうね。」
『ソルも元気そうで嬉しいよ。』
見た目に反して、3万年もの時を生きている、ルゥがソルフェージュと私より先に会っていてもおかしくない。
「神殿を除くと、20年前の精霊灯篭の水送り祭、以来かしらね?」
『そうかもね!』
「精霊灯篭の水送り祭?」
『20年に一度、精霊の街、スピリットで行われるんだよ!とても綺麗なんだよ!』
「それが今年に開催するのよ。」
おぉ、なんて絶妙なタイミングなんだ!
「あと1週間後よ!」
『わぁ〜、久しぶりに見たいな!グレイリィいいかな?』
「そうだな、私も見てみたいな。」
ルゥは嬉しいのか、くるくると飛んでいた。
「ゆるりと滞在されよ、アカリ。2人の世話を頼んだわよ」
「はい!ソルフェージュ様!」
『よろしくね!アカリ!』
「はい、スピリットを満喫してもらうように、精一杯頑張りますね!」
頼もしい笑顔のアカリに、宿まで案内してもらう。
『ベッドふかふかだ〜!』
「ルゥ、お行儀悪いぞ。」
「旅の疲れもあるだろうから、夕方まで休憩してて!夕方担ったら、お風呂に案内するわね!」
「ありがとう、アカリ殿」
襖を閉めると、アカリが灯る光が遠ざかるのを見送った。
軽く荷解きをするが、そこまで荷物が多くないから、少し必要な物を出すくらいだ。
『ぷー。ぷー。』
ルゥは鼻に泡を浮かべて、寝息を立てていた。
私は少しスピリットを散策したいなと思い至り、必要なものを魔法鞄に詰めて、宿を抜け出した。
少し出るとやはり花がたくさん咲いているのが特徴的だ。蝶々が私を歓迎してくれているのか、私の前をひらひらと飛んでいる。
「ほんと、不思議な街だな。」
蝶々と別れて、歩いて行くと小さな精霊たちが、私を擽るように集まる。
さらに進むと氷柱が少し飾られている池を見つけた。
「水を見ると落ち着くな。」
感情に敏感な精霊たちが、何かを感じたのか、そよそよと風が吹いた。
「あなたが、グレイリィさん。ですか?」
華やかしい声に振り向く
「これは…風の精霊女王、リンハン様。」
「頭をあげてください。そういう意味で話しかけたのではありません。」
謙虚な姿勢が、美と感じてしまうな。
このスピリットには、水の精霊女王ソルフェージュ様と風の精霊女王リンハン様の他に、あと炎、光、闇の3人居るらしい。
風が吹くと目の前が、ふわりと光の珠が、見てるだけで、なにか満たされる感覚がする。
「あなたから、まだ癒えてない心底が見えます」
後ろには、ふわりという言葉が似合う、柔らかい笑みの光の精霊女王"ホウメイ"様の姿が。
「温かな光に癒しの恵みを」
「なりません、ホウメイ!!」
天使のような笑みと声のはずなのに、少し怖いと感じた。温かいなにかに包まれているのに、なぜか目の前が暗くなる時。
『グレイリィー!!』
ルゥの声が聞こえた気がした。
『起きてよ。グレイリィ。』
グレイリィに出会ったのは、いつだったかな。
ボクが誕生してから、長い年月を重ねて。
静かな場所で退屈ではあったけど、愛しい時間を見ていた。ボクはグレイリィの父親である、サファールよりも前のサファールのお父さんだったかな?
そのくらいから、ヴィラン家とは長い付き合いで、仲が良かったんだ。
サファールが、リズという街の偉い王になるまで、サファールの手助けをしていた。手助けと言っても、大したことないものばかりだ。
サファールはハクレイと結婚した。ボクは睡蓮と青薔薇の花束を送った。2人に似合うと思って、ボクの住んでいる洞窟の庭にあるのを集めてきたんだよ!
そしたら、アカバネが生まれたんだ。
活発で、パーティとかでも人目置くような子だったな。まさに赤が似合うと言ってもいい。
次に、シレッド。
シレッドは、アカバネとは正反対で大人しい子だった。誰かにからかわれては、サファールにも隠れて泣いていた。
アカバネは気づいていた、みたいだけど。ボクを抱きしめる姿を見てから、ボクに任せることにしたらしい。
それでシレッドが救われるなら、構わなかった。
シレッドはね、知識への探究心が凄かったんだ。なにかを産む姿や、難しくてボクには、解らなかったけど、楽しく話す姿が好きだった。
アカバネもシレッド、サファール、ハクレイもそれぞれが輝く姿を見てきた。
これが、もしかしたら、愛していた。ということなのかもしれない。
『そして、君が生まれたんだよ。
グレイリィ…。』
久しぶりに聴いた、誕生の声は、くすぐったい感じだったかな。
なんだか、今までと違う。心を掴まれたような感覚がしたんだ。
今も、それがなんだったのか、わからないんだよね。
「グレイリィさん、まだ起きませんか?」
この神秘なる声。
『ソルフェージュ、うん。」
「あなたがそんな顔をするとは、思いませんでした。」
『ボクもそう思う、なんか目が離せないだ。』
ホウメイがしたことには、怒っている。グレイリィの意思なくやったんだから。
『まだ、どこか寂しそうにしてたり。眠っている時に、お父様と呟くの』
「そうでしたか。」
『でも、心傷が癒えるには時間がかかる。今はゆっくりする時なのかな?』
少し頑張りすぎちゃったかな。
小さい時から、はいはいするのも、立つのも、兄妹の中で1番、一生懸命だった。
グレイリィと過ごす毎日が楽しかった。
お祖母様のミドリーが先生で、グレイリィが生徒で、その授業で召喚儀式をしたらしい。
魔法石で魔法陣書いて、1滴だけ血を流すんだ。
ボクはその時、洞窟で眠ってたんだけど。
突然なにか呼ばれて、びっくりしたよ…まさかグレイリィがいるなんて。
ボクの運命は、グレイリィだったことにも。
その時のボクは蒼白竜の姿だったから、グレイリィがまだボクの本来の姿は見せたことなくて。
不思議そうにしてた。
グレイリィの相棒、ボクは認めた。
凄いんだよ。手が傷だらけになっても、悔しくて泣いてても、時には弱音を零していたけど、諦めない姿がたまらなく可愛かった。
ずっとそばに居た、冒険者ギルドの登録の時、ボクの名前あったの、すっごく嬉しかった。
カイレイ山の時、大怪我したボクを、グレイリィが泣きながら、必死に光魔法を全開でかけてくれた姿を見て。
今度は、ボクが絶対、グレイリィを護りたいと心に誓った。
まさか、リズが滅んでしまうなんて、ボクにも想像してなかったんだ。
ボクも必死に戦ったんだけど、適わなくて。
グレイリィと逃げることしか出来なかった。
サファールとハクレイの願いだったんだ。アカバネも、シレッドも同じこと言うんだよ。
グレイリィを護って欲しいと。
なにかがなくなったりする姿は、何度も見届けて来たのに、な。
「あなたにも、かけてあげましょうか?蒼白竜。」
『ホウメイ…要らないよ。きっと、グレイリィにも必要なかった。
傷は痛いけど、溺れてしまいそうだけど、いつかあの光のように、木の隙間から日が差すように、輝く時が来る!
ボクはそう信じていた。ボクも、グレイリィの想いも。
急かすことなんて、なかったのに。
ホウメイがしてくれたのは、好意でも、ボクとグレイリィには違うよ。』
もしかしたら、何年と月日がかかるかもしれないけど。
それくらい大事な…宝物なんだよ。
「ね、グレイリィ。キミとお祭り行きたいよ。」
竜は、涙を流さないと誰かが言ってたのに、なぜか頬が冷たいんだ。
「闇は光を支え、光は闇を映す。」
静かな夜の様なのに、月のような存在感は
『闇の精霊女王。アンジュじゃん。』
「蒼白竜、いえ、今は氷珀竜ね。
グレイリィ・ヴィランを起こしてあげるわ。
どうしますか?」
そんなの決まっている。
「闇は時に、光へ変える力よ、月の優美に照らされよ。」
温かい波がボクに染み渡る感覚に、アンジュとは違った魔力
『ソルフェージュ。』
「私にも、護れなかった責任があるわ。水の精霊女王として、詫びるわ。
聡明な水波よ、生命の鏡が未来に潤いを」
それじゃ。ボクも眠っちゃいそうだよ。
怖かった、ホウメイの光が、強くて眩しすぎる。
家族との想い出がなくなってしまうには、寂しすぎて。それこそ、リズがなくなってしまうのと同じ。
向き合う、そんなかっこいい言葉じゃなくていい。
ただ、ルゥと、こんなことがあったよね。と話せるくらいでいい。ルゥと笑って、泣いたり、お兄様とお姉様に愛された話をして。
昔のお父様たちの話を聞いたり。
目を覚ますと、ふわふわと心地いい光が見える。
なんだか、不思議な夢を見ていた。
苦しくて、悲しくて…確かに、リズを失ってしまった衝撃は、まだ立ち直るというまでは行かない。
でも、ルゥも…きっと辛かった。
いつか見た、お父様の日記…ルゥの日々が綴られていた。
だから、ルゥが笑っているなら、私も笑っていたかった。
波の音を聴くと、思い出しちゃうの。
「ルミナ」
『グレイリィ、おはよう。』
あなたの優しさは、海みたいで、安心する。
『一緒に進んで行こう、旅路のように』
世界を支える精霊女王たちは、誰かの光を灯す願いが込められている。
……To be continued