錯綜3-2-⑬:幸せの仮面と不幸の傲慢
「ねえ、和。前に“浩太に興味ある”って言ってたけど、あれってどういう意味?」
「別に……特に深い意味はないわ」
「本当に~? 絶対何かあると思うんだけどな。あ、そうそう! この前、朝陽に怒られちゃった」
「木島くんに?」
和が少し驚いたように聞き返す。
「うん、私もちょっと……質の悪い冗談、言っちゃって」
「……私も、木島くんを怒らせたことある」
「えっ、そうなの? 朝陽って、いつもニコニコしてるイメージなのに。和は何を言ったの?」
「私も……“質の良くないこと”よ」
「えー、気になる! 和って余計なこと言わないタイプじゃん!」
「言えないわ。本当に、言っちゃいけなかったことだから」
「じゃあさ、交換しよ。私が言ったこと話すから、和も」
「……交換って……」
和は少し困った顔をした。
「私ね、“母親が殺された”って言っちゃったの」
その言葉に、和の表情が強ばる。
「――殺されたって……紫園さん、それ、知ってたの?」
「知ってたって?」
寧々は思わず聞き返す。何を知っているというのだろう?
「……あ、いや……そうか。それが“質の悪い冗談”ね、そういうこと。でも……どうしてそんなことを……?」
「何て言うか、つい……口から出ちゃったのよ」
「“つい”出るような言葉じゃないわ。本当に、ただの冗談だったの?何の意図もなく?」
和の目が、再び鋭さを取り戻していく。まるで何かを聞き出そうとしているかのように。さっきまでの寧々と逆の立場になったような気がする。和らいでいた空気が、またぴんと張り詰めたものへと変わっていく。
「やっぱり、何かあるんだ」
「な、何が?」
「だって、あの朝陽が、すっごい真顔で怒ってたんだよ。あんな顔、初めて見た」
「それは、あなたの言ったことが悪質だったからでしょう」
「そうかもだけど……ねえ、さっき言ってた“知ってた”って、どういう意味? 和、何か知ってるの?」
「別に深い意味なんてない。思わず言っただけよ」
「嘘。絶対、何かある。教えてよ」
食い下がる寧々に明らかに和は不愉快そうな顔をする。
「知らないってば! あなたって、ほんとどうしてそうなの」
「そうって、どういうこと?」
「――人の心の中に、土足でズカズカ入ってこようとして! 無神経すぎるのよ!」
和の声が、鋭く響いた。いつもより険しい表情、完全に怒っているようだ。何か、核心を突いてしまったのか。
「あなたみたいに、外国でぬくぬく育ってきた人には分からないかもしれないけど、日本人はね、そんなに何でもあけすけに話さないの!」
その勢いに、寧々は思わず言葉を飲み込んだ。こんなふうに、感情を露にした和を見るのは初めてだった。
「あなたって、いつもいつも自分の感情ばっかり! 人の気持ちなんて全然わかってないし。みんなが紫園さんみたいに、毎日楽しく生きてきたわけじゃないのよ。色んなものを背負ってるの!」
和の目にはそう見えるのだろう。でも寧々だってそう安穏とした日々を送ってきたわけじゃない。ただ、楽しく見せていなければ、自分自身が暗い波に呑み込まれてしまいそうで、どうしようもなかっただけ。
「……私だって」
寧々は俯きながら、声を絞り出した。両手の拳に力入る。
「私だって……いつもいつも楽しかったわけじゃないわ」
すっかり笑顔の消えた寧々の表情に、和が一瞬、息を呑んだように見返す。
「でもね、和みたいに“被害者でござい”みたいな顔して生きてたって、しょうがないじゃない」
その一言に、和の目が鋭く吊り上がった。
「“被害者でござい”? どういう意味? あなた、一体何を知ってるの? 何が言いたいの?」
「私にだって、いろいろあるのよ。何も興味本位ばかりで聞いてるわけじゃない」
「いろいろって、何よ。どうせ」
「和は、自分だけがこの世で一番不幸だって思ってるのかもしれないけど、世の中には、和以上に酷い目に遭ってる人なんて五万といるのよ!」
寧々の声が徐々に熱を帯びていく。和の何か、を知っているわけではない。でも口から勝手に言葉が出てしまう。
「自分だけが可哀想だなんて思うのは、ただの傲りよ! 和なんて、普通に幸せじゃない。あんなに優しい叔父さんと叔母さんがいて、大事にされて、守られてる。なのに、毎日毎日、不幸そうな顔して、暗いオーラ振りまいて……バッカみたい!それともそれで人の気を引いてるの?」
「何も知らないくせに!」
その瞬間だった。和の手が閃いた。パチンッ!、と乾いた音が、部屋に響いた。寧々の頬が赤く染まる。一瞬、何が起こったのか分からなかった。打がじりじりする頬簿悼みに触れて、今度は怒りが込み上げる。
(はあ?)
次の瞬間、寧々の手も同じ音を鳴らして、和の頬を打ち返していた。
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