表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
94/248

錯綜3-2-⑬:幸せの仮面と不幸の傲慢

「ねえ、和。前に“浩太に興味ある”って言ってたけど、あれってどういう意味?」

「別に……特に深い意味はないわ」

「本当に~? 絶対何かあると思うんだけどな。あ、そうそう! この前、朝陽に怒られちゃった」

「木島くんに?」


和が少し驚いたように聞き返す。


「うん、私もちょっと……(たち)の悪い冗談、言っちゃって」

「……私も、木島くんを怒らせたことある」

「えっ、そうなの? 朝陽って、いつもニコニコしてるイメージなのに。和は何を言ったの?」

「私も……“質の良くないこと”よ」

「えー、気になる! 和って余計なこと言わないタイプじゃん!」

「言えないわ。本当に、言っちゃいけなかったことだから」

「じゃあさ、交換しよ。私が言ったこと話すから、和も」

「……交換って……」


和は少し困った顔をした。


「私ね、“母親が殺された”って言っちゃったの」


その言葉に、和の表情が強ばる。


「――殺されたって……紫園さん、それ、知ってたの?」

「知ってたって?」


寧々は思わず聞き返す。何を知っているというのだろう?


「……あ、いや……そうか。それが“質の悪い冗談”ね、そういうこと。でも……どうしてそんなことを……?」

「何て言うか、つい……口から出ちゃったのよ」

「“つい”出るような言葉じゃないわ。本当に、ただの冗談だったの?何の意図もなく?」


和の目が、再び鋭さを取り戻していく。まるで何かを聞き出そうとしているかのように。さっきまでの寧々と逆の立場になったような気がする。和らいでいた空気が、またぴんと張り詰めたものへと変わっていく。


「やっぱり、何かあるんだ」

「な、何が?」

「だって、あの朝陽が、すっごい真顔で怒ってたんだよ。あんな顔、初めて見た」

「それは、あなたの言ったことが悪質だったからでしょう」

「そうかもだけど……ねえ、さっき言ってた“知ってた”って、どういう意味? 和、何か知ってるの?」

「別に深い意味なんてない。思わず言っただけよ」

「嘘。絶対、何かある。教えてよ」


食い下がる寧々に明らかに和は不愉快そうな顔をする。


「知らないってば! あなたって、ほんとどうしてそうなの」

「そうって、どういうこと?」

「――人の心の中に、土足でズカズカ入ってこようとして! 無神経すぎるのよ!」


和の声が、鋭く響いた。いつもより険しい表情、完全に怒っているようだ。何か、核心を突いてしまったのか。


「あなたみたいに、外国でぬくぬく育ってきた人には分からないかもしれないけど、日本人はね、そんなに何でもあけすけに話さないの!」


その勢いに、寧々は思わず言葉を飲み込んだ。こんなふうに、感情を露にした和を見るのは初めてだった。


「あなたって、いつもいつも自分の感情ばっかり! 人の気持ちなんて全然わかってないし。みんなが紫園さんみたいに、毎日楽しく生きてきたわけじゃないのよ。色んなものを背負ってるの!」


和の目にはそう見えるのだろう。でも寧々だってそう安穏とした日々を送ってきたわけじゃない。ただ、楽しく見せていなければ、自分自身が暗い波に呑み込まれてしまいそうで、どうしようもなかっただけ。


「……私だって」


寧々は俯きながら、声を絞り出した。両手の拳に力入る。


「私だって……いつもいつも楽しかったわけじゃないわ」


すっかり笑顔の消えた寧々の表情に、和が一瞬、息を呑んだように見返す。


「でもね、和みたいに“被害者でござい”みたいな顔して生きてたって、しょうがないじゃない」


その一言に、和の目が鋭く吊り上がった。


「“被害者でござい”? どういう意味? あなた、一体何を知ってるの? 何が言いたいの?」

「私にだって、いろいろあるのよ。何も興味本位ばかりで聞いてるわけじゃない」

「いろいろって、何よ。どうせ」

「和は、自分だけがこの世で一番不幸だって思ってるのかもしれないけど、世の中には、和以上に酷い目に遭ってる人なんて五万といるのよ!」


寧々の声が徐々に熱を帯びていく。和の何か、を知っているわけではない。でも口から勝手に言葉が出てしまう。


「自分だけが可哀想だなんて思うのは、ただの傲りよ! 和なんて、普通に幸せじゃない。あんなに優しい叔父さんと叔母さんがいて、大事にされて、守られてる。なのに、毎日毎日、不幸そうな顔して、暗いオーラ振りまいて……バッカみたい!それともそれで人の気を引いてるの?」

「何も知らないくせに!」


その瞬間だった。和の手が閃いた。パチンッ!、と乾いた音が、部屋に響いた。寧々の頬が赤く染まる。一瞬、何が起こったのか分からなかった。打がじりじりする頬簿悼みに触れて、今度は怒りが込み上げる。


(はあ?)


次の瞬間、寧々の手も同じ音を鳴らして、和の頬を打ち返していた。

お読みいただきありがとうございます。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ