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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜3-2-⑫:父親という存在

そうだったら、どれほど救われただろう。でもどう頑張っても、それは届かない夢。寧々は父の娘ではない、その現実だけが重く心に圧し掛かっている。だがそんな思いを振り切るように寧々は笑って答える。この現実は、知られたくない。


「当たり前じゃない。変なこと聞かないでよ、和」


寧々を見て、和は複雑な顔をする。


「そう……」


ちゃんと笑えてなかったのだろうか。でも、和はそれ以上、何も言わなかった。ふと、和の父親はどうしているのだろう、と思った。両親は母親が亡くなる前に離婚していたと言っていた。それでは今も生きているのではないのだろうか。和は父親とは会いたくないのだろうか、それとも会っているのだろうか。


「和は会いたい?」

「誰と?」

「お父さん」

「……お父さん?」

「どこかで、生きてるんでしょ」

「ああ……」


まるでその言葉がぴんと来ないような顔をしている。


「考えたこと、なかった」

「考えないの? 自分の父親なのに?」

「父親がいたこと自体、忘れてた。私と母を裏切って、捨てた人だとしか思ってないから」


その言葉は、あまりにも淡々としていた。本当に興味がない様子。血の繋がりがあっても、他人より遠い存在。そういうこともあるのか。きっとあるのだろう、ならば存在自体無意味だ。


「ああ、そういうこと。なら、いらないか」

「ねえ、和って、この家の養子なんだよね?」

「そうだけど?」

「じゃあ、叔父さんと叔母さんって、本当はお父さんとお母さんになるわけじゃない?」

「……そうだけど」

「なのにどうして、いまだに“叔父さん”“叔母さん”って呼んでるの? “お父さん”“お母さん”じゃダメなの?」

「ダメってわけじゃないけど……」


中学に上がる頃までは実の母と一緒に暮らしていたと言っていた。その年になって突然、呼び名を変えるのは難しいかもしれない。


「呼んであげたら、喜ぶんじゃない?」

「……わかってるけど」

「まあ、そう簡単じゃないか。呼び方変えるのって、なんか照れくさいもんね」


寧々がウインクすると、和は小さく笑った。その表情は、いつもと違って、普通の高校生のように見えた。でも、見え隠れする暗い影は消えない。親しい友達を作るわけもなく、他人と距離を置くのは、誰にも踏み込まれたくない領分があるということなのだ。そこに共通点を寧々は見出している。


「やっぱり、和とは仲良くなれそう」

「なにそれ?」

「だって、私たち似てるもん」


寧々の言葉に和は首を傾げる。


「どこが?」

「だってさ、二人とも“誰かを殺したい”って思ったことあるじゃん。……すごくない?」


和の顔が強張る。


「すごいって……」

「高校生でそんな共通点あるって、なかなかないよ? これってきっと、運命の巡り合わせなんだよ」

「私とあなたは、全然違う」

「違わないよ。二人とも同じ高校の、十七歳。同じクラスで、二人とも母親がいない。こんなに共通点があるのに、友達にならないほうが不自然でしょ?」

「……友達」


和が何かを考えこんでいる。


「友達って、よくわからない。友達の定義って何? 一緒に登校して、一緒にお弁当食べて、趣味を共有して……? そういうのって何が楽しいのか、私にはわからない」


「うーん……そう言われると難しいけど、友達ってそんな理屈じゃないよ。合うか合わないか、一緒にいて楽しいかどうかじゃない?」


実際に寧々だって、そんな事深く考えたことない。


「でも、わざわざ“これから友達になりましょう”なんて言って、友達になるの? そっちのほうがよっぽど不自然じゃない」

「なるほど。じゃ、自然に任せるってことで。……私たち、こうやってだんだん近づいてるでしょ? これって自然な流れってやつだよね。ねっ?」


ちょっと強引すぎるか、と思ったが、寧々の言葉に和がクスッと笑った。初めての反応。それが少し嬉しくなる。


「なに? 何がおかしいの?」

「……なんでもない。ただ、すっかりあなたのペースに乗せられてるなって思ったのよ」

「ふふっ、でもまだまだ。和は手ごわいよ」

「手ごわいって、何よ」

「一筋縄じゃいかないってこと」

「それはこっちのセリフだけど?」


そう言って和は正面から寧々を見る。その顔を見て、寧々は本気で和と友達になりたいと思った。寧々自身、こんな感情はとても久し振りのことだった。誰とでもすぐに仲良くなっているが、実のところ、誰とも仲良くなっていない、心の底からそう思ったことも無い。でも和とは、そこから一歩踏み出せるかもしれない。そう思ったが、そのあと状況は一変してしまう。


 そのとき、寧々は気になっていたことを思い出した。

お読みいただきありがとうございます。

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