錯綜3-1-④:誰の子か、そして誰が殺したのか
「たった一人の孫を海外にやるなんて不安だわ。第一、男の人が一人で、そんな見知らぬ土地で子供を育てるのは大変に違いないわ」
祖母があまりにも強く訴えたため、父も祖父も折れかけた。しかしその矢先、祖母は倒れた。娘と孫を一度に失った彼女の心と体は、限界に達していたのだろう。当分の間、介護を余儀なくされ、私の面倒まで見ることはできない状況となった。
祖父も、「妻と孫の二人を同時に世話するのはとても無理だ」と言い、結局、当初の予定通り私は父と共に、赴任先のアメリカへと旅立つことになった。アメリカでの生活は、案外楽しかった。
言葉も、父がつけてくれた語学教師のおかげと、幼かった私の柔軟さで、すぐに吸収できた。見様見真似の連続だったが、言葉の壁にそこまで苦労した記憶はない。
ただ、あの母と妹の姿は、ずっと瞼の裏に焼き付いていた。けれど、日本から遠く離れたこの地にいることで、自分が全く別の世界にいるような感覚があった。でも父との距離は、時間と共に、少しずつ遠ざかっているように感じた。
父は時折、じっと私を見ることがあった。その目は、なぜか責めるようにも見えた。気のせいかもしれない。だが私は、私だけが生き残ったことを、父は受け入れられていないのではないか、と思ってしまった。父が私に冷たくしたことはない。むしろ、いつも優しかった。けれど、その優しさは、母や妹が生きていた頃とは何かが違っているように私には感じられた。
アメリカの家にはメイドがいた。学校は、父の配慮で私立のインディペンデント・スクールに通った。当初は意味が分からなかったが、後になって、それがより質の高い教育を受けられる私学校だと知った。
「愛されていないわけではない」、そう思うようにした。だから、私は勉強も頑張った。アメリカに来て二年が過ぎた頃、祖父が心不全で急死したという連絡が来た。連絡は慌ただしい葬儀を終えてからだったので、私たちが日本へ帰ることはなかった。
その頃には祖母の体調も回復しており、自分のことは自分でできるようになっていたらしい。私は、一人残された祖母が心配だったが、父に「連れて帰ってほしい」とは頼めなかった。父も、祖母のことをとても気にかけてはいた。だが、まだ日本に足を向ける気にはなれないようだった。それだけ、父の心の傷は深かったのだ。
ミドル・スクールの2年目、私は13歳になった。その年、授業で「遺伝子」や「血液型と親子の関係」について学んだ。
祖母とは時折、手紙のやり取りをしていた。ある時、私は「血液型占いが流行ってる」と話題を振り、母の血液型を尋ねた。祖母の返事には、「私たち(祖父母)は二人ともA型で、朱音もA型よ。だからあなたもきっとA型でしょ?」と書かれていた。私は「うん、そうだよ」と返した。
けれど、本当は違った。私はB型だった。そして、父の血液型はO型。 A型とO型の間に生まれる子供がB型になることは、ありえない。その事実が、私を震えさせた。どこかで、もしかしてとは思っていた。でも、この瞬間、疑念は確信へと変わった。
私は、やはり父の子ではなかった。では、あの男の言葉、「お前は俺の娘だ」は、本当だったのか。私は、あの人殺しの娘なのか?そんなことは認められるはずがなかった。例え父の子ではなかったとしても、決して、あの男の子供であるはずがない。そんな現実にはとても耐えられない。では、一体私は誰の子なのか。
母が私を産んだのは間違いない。祖母は、「朱音の出産には立ち会った」と言っていた。では父は?……父は、他の男の子供を宿した母と結婚したのだろうか? それは、父も承知の上だったのだろうか?それとも、母に騙されていたのか。
私は――父は、知っていたような気がした。
あの日、妹を初めて見た時の父の顔を、私ははっきりと覚えている。本当に愛おしそうに妹を見つめていた、あの目を。あれは私を見る目とは全然違っていた。
事実を知りたい気持ちはあった。でも、聞けるはずがなかった。もし、私が父の子ではないと気付いているなどと父が知ったら、私は見捨てられてしまうのではないか、そんな思いに囚われた。私が父の子だと思っている限り、父は私を娘として傍に置いてくれる。そんな風に思った。
母と妹を殺した犯人は捕まらないまま、十年近い歳月が過ぎた。私が16歳を迎えた秋、ついに日本に帰ることになった。
そして、日本に戻って間もなく、私はあるニュースを目にした。それはよくある事件、どこかの男が殺されたという事件だった。テレビに映し出された男の顔を見た瞬間、私は、言葉を失った。
それは、この十年、片時も忘れたことのなかった“あの赤鬼”の顔だった。発見当初は身元不明だったが、二日後に名前が判明した。かつて少年サッカーチームのコーチをしていたという男**山下 岳**という名だった。
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