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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-2-⑥:「だから、私が――」少女が語った“真相”

 そうして、一週間の依智伽のお試し外泊が終わろうとしていたとき、父が言った。


「このまま依智伽ちゃんをうちの子として引き取りたいと考えている」


その言葉を聞いた瞬間、浩太は“やはり”と思った。そうでなければお試しだなどと言ってウチに連れてきたりしなかっただろうことは容易に予測できたから。親を亡くした可哀想な子。もしそれだけなら、何も異論はなかった。あの――でも、あの子は梗子の子供だ。その一点がどうしても引っかかる。


「引き取る」ということは、つまり家族になるということ。浩太の“妹”になるということだ。母を殺したかもしれない女の子供。理屈では「親の罪は子には関係ない」とわかっている。けれど、感情がそれを拒んでいた。


 それに、梗子が母を殺したと思っているのは浩太だけで、証拠は何もない。ただの思い込みかもしれない。「俺達の母親を殺した梗子だ、だからその娘を引き取るなんてあり得ない」なんて主張したところで、一蹴されるだけだ。浩太が迷っていると、先に口を開いたのは舞奈だった。


「私、反対かも……」


妹は賛成すると思っていたから、思わず彼女の顔を見てしまった。父も驚いたのか、信じられないという顔で舞奈を見返す。


「だって、あの子……よく分からないんだもの」

「分からないって?」

「何を考えているのか。最初はお母さんがいなくなって寂しいのを我慢して明るく振る舞ってるのかと思った。でも、なんだか違う気がするの」

「違うって? 私には、あの子――依智伽ちゃんは、お前たちと仲良くしようと頑張っているように見えるけど」

「お父さんは単純だから。物事を一方向からしか見られないのよ」

「単純って……」


中一の娘にそう言われ、父はぽかんと口を開けている。


「あの子、全然悲しそうじゃないの。お母さんが死んだばかりなのに、本当に楽しそうに見える。なんか、変……」


――やはり、舞奈も感じていたのだ。依智伽の様子は、母が亡くなったあとにここへ来ていた梗子の様子と、とてもよく似ている。あのどこか嬉々とした様子。


「浩太は? お前はどうなんだ?」

「……俺も、反対だ」


浩太がそう答えると、舞奈は少しほっとしたような顔をした。


「お前もか……」


父は首を横に振った。


「父さんは、お前たちがそんな冷たい子たちだとは思わなかった。梗子さんとは最後はあんな形になったけど、それまでずっとお世話になったじゃないか。あの人の子供が独りぼっちで寂しい思いをしているのに、手を差し伸べようとしないなんて。お前たちは、誰よりもそういう気持ちが分かる子だと思ってたのに……」


父は珍しく、少し憤っているように見えた。子供たちが反対するとは夢にも思っていなかったのだろう。


「お世話になったなんて思ってない。あの人が勝手に押しかけてきただけよ。そんなふうに思ってたの、お父さんだけじゃない」

「舞奈……!」


娘の口からそんな言葉を聞くとは思っていなかったのか、父の表情が変わる。だが、それ以上何も言わず、リビングを出ていった。


「……お前、父さん、ショック受けてたぞ」


父が出ていったあと、浩太が舞奈に言った。あそこまで言う必要はなかったと思ったのだ。


「だって、本当のことじゃない。お父さんは、人の好意をすぐ信じちゃう。親切ごかしで近寄ってくる人には、裏があるのよ」


そう言い残して、舞奈も部屋を出て行った。

――舞奈もまた、大人たちの裏の顔を見ながら生きてきたのだろう。優しい笑顔の裏であざ笑う人々。人の不幸を面白おかしく語る人々。浩太たちは、そんな大人たちを見ないふりをしてやり過ごしてきた。ただ、それしか術がなかったから。


「浩太お兄ちゃん」


顔を上げると、いつの間にか依智伽が目の前にいた。ずっと二階にいると思っていたが――もしかして、さっきの会話を聞いていたのだろうか。


「私、この家の子にはなれないんだね」


依智伽は少し寂しそうに言った。けれどその顔が、浩太にはどこか作り物のように見えた。


「私、何か失敗した?」

「失敗……?」

「頑張ったのに。浩太お兄ちゃんも舞奈お姉ちゃんも、私のこと嫌いなんだ」

「そういうわけじゃ……」

「お願い、叶わなかったなあ……」

「お願いって?」

「私、小さいころから、ずっとここの家の子になりたいって思ってたの。だから――」


何か言わなければ、と思う。でも、何を言えばいいのか分からない。浩太も、依智伽がこの家の子になることに反対したのだから。


「お母さんがいなくなれば、ここの子になれると思ったのに」

「いなくなれば、って?」

「だって、浩太お兄ちゃんも舞奈お姉ちゃんも、お母さんのこと嫌いだったでしょ? 私も大嫌いだった。だからね」


そこて言葉を切った依智伽は浩太の顔を覗き込むようにして、二ッと依智伽は笑った。その笑顔にゾクッとした。子供とは思えない、能面のような表情。そして依智伽は言葉を続ける。


「だから、私が――お母さんを殺したの」

お読みいただきありがとうございます。

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