錯綜2-3-⑨:招かれざる訪問──無邪気さの裏側
「ね、いいでしょ。私も娘の友達のためにおもてなし、って一度やってみたかったのよ」
「そんなこと、急に言われても……その子も困ると思う」
「そうかしら? とにかく一度誘ってみて。叔母さん、和ちゃんのお友達に会ってみたいの」
「だ、だから……その子とは、友達っていうほどじゃ……」
「ねえ、その子、何が好きかしら? 聞いておいてね。私、腕を振るっちゃう」
叔母は嬉しそうに目を輝かせている。母と違って、どこか無邪気で少女のような人だ。叔父と叔母は年がだいぶ離れていて、叔父がそんな叔母を優しく見つめる様子を和は何度も見てきた。そういう二人の姿を見るのは、和にとっては心が和む瞬間だ。もし自分が幼い頃から、こんな家庭で育っていたら、きっと人生はまるで違っていたのではないか。時々、そんなことを主ってしまう。
和は、この家に来てから初めて、家庭というものの温かさを知った気がしていた。寧々が本当にいつも一人で過ごしているなら、ここに呼ぶのありかもしれない、すこしだけそう思った。実際、寧々が本当に広い家で一人ぼっちで過ごしているかどうかなんて、知る由もないのだけれど。
「……来るかどうか分からないけど、聞いてみるわ」
つい、そんなふうに答えてしまった。
「ほんと?楽しみ!絶対よ、約束だからね」
叔母は弾むような声でそう言った。きっと、もう頭の中では献立を考え始めているのだろう。そんな叔母を可愛いと思ってしまうことがある。和よりずっと年上の女性なのに。この無邪気さが、和にとっては救いでもあった。叔母のそばにいると、不思議と優しい気持ちになれる。それは、母が生きていた頃から変わらなかった。
叔母夫婦に子どもができないのは、どうやら叔母側の理由らしい。生前、母がそんなことを漏らしていた。一時期は叔母も気にして、離婚を申し出たことがあるらしいが、叔父は頑としてそれを拒んだそうだ。子どもの頃はそんな話を深く考えたこともなかったが、高校生になった今、和は叔父の叔母への深い愛を感じる。叔母にとっても複雑な葛藤があったはずだ。でもそれを受け入れて、今を楽しんで生きている。そんな叔母の姿に、和は共感すら覚える。
和にとって、叔父と叔母は理想の夫婦だと感じる。でも、決して自分が手に入れられない、遠い存在でもある。
翌朝、寧々はいつも通り、和と同じ時刻の電車に乗ってきた。
「Good morning, 和」
「おはよう、紫園さん」
和がそう返すと、寧々はふぅっと深い溜息をついた。
「やっぱり、“紫園さん”か。クラスの女子で、私のこと名字で呼ぶの、和だけだよ」
「そう」
「冷たいなぁ、和は」
「クラスの女子で私のこと名前で呼ぶのも、紫園さんだけよ」
和の切り返しに、寧々はクスクスと笑った。
「そっか。じゃあ、お互い様ってことね」
和は、昨日の叔母とのやりとりをどう切り出すべきか迷っていた。いきなり「うちに来ない?」というのも妙だ。実際、そこまで親しいわけでもないのだ。“誘ったけど断られた”とでも言っておこうか……そんなことを考えていたそのとき。
「何?」
寧々がじっと顔を覗き込んできた。
「なんか、言いたいことがありそうだけど?」
こういう時、彼女は妙に勘がいい。
「あの……実は……」
言いづらい。正直なところ、というか考えれば考えるほど、寧々を家に呼びたいという気持ちは、ほとんどない。できれば関わりたくないとさえ思っている。なのに、なぜこんなことになってしまったのか。
「何々?」
寧々がぐいっと顔を近づけてくる。和は思わず溜息をついた。
「叔母さんが……叔母さんが、紫園さんをうちに招待したいって」
「え?」
「あ、いいの。断って。そんな、親しくもない人の家なんて行きたくないよね。無理に来なくても……」
「そりゃあ、もちろん行くよ!」
「へ?」
あまりに即答だったので、変な声が出てしまった。
「へ?」
そのまま寧々が真似る。
「へって何よ、へって」
「あ、えっと……そんなすぐ返事すると思わなかったから。ちょっと驚いて」
「だって、和の家に招待されるなんて、嬉しいに決まってるじゃない。迷う必要なんて何にもないよ」
「そ、そうなの?」
「うん。で、いつ? 今度の日曜とか?」
「今度?今度って……明々後日だけど」
「うん。“善は急げ”って言うじゃない」
それは今使う表現ではないような気がする。
「ま、まだ日にちは……叔母さんに確認してみる」
「何だ、決まってないんだ。じゃ、早く決めてね。私は今度の日曜でも全然構わないけどなぁ」
いや、さすがに急すぎるだろう。
「でもさあ、和って家で私の話題をしてたんだ」
「え?」
「だってそうじゃなきゃ、そんな話でないでしょ」
「それは、まあ……」
「うっれし~やっぱ私のこと気にしてたのね!」
「そういうわけじゃ……ただ、あなた変わってるから」
「照れない照れない!うーん、楽しみ~!」
なんでこんなことに──再びそう思いながらも、帰宅して叔母に話すと、彼女は手を打って大喜びし、そのまま予定は“今度の日曜日”に決まってしまった。
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