錯綜2-2-⑫:懐かしい記憶と、封じた記憶
あれからサッカーの試合に行っても、浩太の姿を見ることがなくなり、少し寂しさを感じていた。だからと言って別に、特別な感情があったわけではない。浩太は和にとって、好敵手だった。チームは違えど、同じグラウンドで汗を流す同志のような存在だった。グラウンドで浩太とボールをやり取りする時間が、本当に楽しかった。浩太からボールを奪う、その瞬間に得られる満足感は、何にも代えがたいものだった。
「あの後、練習試合に行くたび、上條くんいないかなって探してた時期があった。でも、結局いなくて……残念だった」
特に会話を交わしたことはなかった。それでも、お互いに一目置いていたという認識は、きっと共有していた。
「でも……見つけても、声なんてかけられなかったと思うけど」
その言葉に、浩太は小さく頷いた。
「…そうだね」
きっとみんなそうだったのだろう。
「深見さんのお母さんは……いつ亡くなったの?」
「中学に入って、すぐよ」
「あの……前に“殺された”って言ってたのは……」
やはり、あの言葉が引っかかっていたのだ。そりゃそうだ。本当に、余計なことを言ったと、改めて後悔した。
「あれは……忘れて」
「忘れてって……」
殺されたようなもの――そう言いたい気持ちはある。けれど、事実は違う。母は――自ら死を選んだのだ。
「あれは嘘よ。母は、自殺したの」
和は、まるで他人の話をするようにそう答えた。浩太は「え……?」と、目をぱちくりさせる。
「あの人は、弱い人だった。私は、あんなふうにはならない。絶対に」
言葉の語尾に、ほんの少し力が入る。最後に見た母の姿が、また頭に浮かび胸の奥がキリキリと痛んだ。あれを見て母の死を確信しても、涙すら出なかったというのに。もう……何も感じないはずなのに。
「……もうやめましょう。昔のことを話しても、しょうがないわ。お互い、楽しい話じゃないし」
浩太は、何か言いたげな顔で和を見つめている。
「……あの、もう一つ聞いてもいい?」
「何?」
「なんで、伊達眼鏡なんてしてるの?」
少し意外な質問だった。この流れで、その質問が出るのもよく分からないし、まさか浩太がそんなことに気づくほど目敏いとも思ってなかった。
「伊達だって、気づいてたの?」
「あ、いや、僕じゃなくて、朝陽がそう言ってた」
「ああ、木島くんね。彼なら、目ざとそうだものね。なんか細かいところよく見てるし」
確かに、朝陽なら気づきそうだ。軽そうに見えて、案外、人をよく観察している。天真爛漫で、ムードメーカーだが、そういう人って結構周りをよく見ているものだ。和は朝陽に見られていると、全てを見透かされているような気がして、時折、不安になることさえあった。
「それって、なんか意味があるの?」
この眼鏡は、本当の自分を覆うためのもの。誰にも知られたくない秘密を隠すマスクだ。
「これは……弱い自分を隠すためよ。まあ、鎧みたいなものね」
「鎧って……」
「何だか喋り過ぎちゃった。遅くなったし、帰りましょう。中間テストが終わったら、連日、学園祭の準備で毎日遅くなるわよ」
これ以上話していると、知られたくないことまで知られてしまう気がする。余計なことを口走る前に終わらせようと、そう思った。和は会話を切り上げて、帰り支度を始めた。浩太は、まだ何か言いたそうだったが、気づかないふりをして教室を後にした。
帰り道、また、どこからか視線を感じた。以前のように背筋を凍らせるほどではないが、その視線は、妙にまとわりついてくる。和は、辺りを見回した。誰もいない。気のせいだろうか。でも……。
だが、その後も――和は何度もその“視線”を度々感じるようになった。学園祭の日も、ずっと。人混みに紛れるように、それはついてくる。もちろん、学園祭には外部からも人が来る。
(まさか、あの男が紛れてるんじゃ――)
警備員が門で身分証の提示を求めているし、不審者は中に入れないはず。
しかし、嫌な予感ほど、よく当たるものだ。数日後、和は、学校近くの駅で、はっきりと、あの男を見た。似た男、ではない。前よりずっとやつれて、荒んだ風貌になっていたが、間違いなく、岳だった。どんなに様子が変わろうと、見間違えるはずもない男。
(どうして……こんなところに……?)
彼はまるで誰かを探すように、周囲をウロウロと歩き、すれ違う人々の顔を、じろじろと覗き込んでいた。和は、恐怖に突き動かされるように近くのコンビニに飛び込んだ。幸い、向こうは和に気づいていなかった。だが、和の脳裏には、あの男の姿が、焼き付いて離れない。心臓が、喉まで跳ね上がりそうなくらい大きく鼓動している。
(なんで……?お願い、こっちに来ないで……!)
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