表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
6/165

錯覚1-2-④:普通でいる事の優しさ

「何だか、依智伽ちゃん、雰囲気変わったね」


依智伽が部屋から出ていくと、舞奈はバスタオルで髪を拭きながら浩太の横に座り、そう言った。


「うん、そうだな」

「でも、お母さんが死んじゃったんだし、しょうがないか」


そう言う舞奈は、小学二年生のときに母を亡くしている。今の依智伽よりも幼かった。


「おまえ、梗子さんのこと、好きじゃなかっただろう?」

浩太がそう尋ねると、舞奈は俯いて頷いた。

「だって、あの人、お父さんに色目使ってたもん」

「色目……」


思わず復唱してしまう。舞奈がそんな言葉を使うなんて。どこで覚えたのかと驚くが、妹ももう中学生だ。良くも悪くも、いろんな言葉や知識を身につけてしまう。そしてこの場合、その言葉の使い方はあながち間違っていない。けれど、舞奈の口からそれが出ると、どこか違和感を覚えてしまう。妹というのは、いつまで経っても子ども扱いしてしまうものなのかもしれない。


「父さんが、他に好きな人を作るのが嫌だったのか?」

「それも、なくはなかったけど……まだ子どもだったし。でも、たぶん、それだけじゃない。なんか、好きになれなかった。梗子さんも私たちのこと、好きじゃなかったと思う。私たちだけじゃなく、依智伽ちゃんのことも。自分の子どもなのに。なんか冷たい感じがした。あのひと、お父さんしか見てないって感じだったもん」

「へえ~」


子どもだと思っていたのに、意外とちゃんと見ていたんだなと、浩太は感心して思わず声を漏らした。


「へえ~って何よ」

「いや、案外ちゃんと見ていたんだなって。子どもだったのに」

「子どもって、お兄ちゃんだってお母さんが死んだときは、今の私より子どもだったじゃない」

「そりゃまあ、そうだけど」


とはいえ、浩太はそこまで鋭い観察眼を持っていたわけではない。ただ、何となく「気味が悪い」と感じていただけだ。やはり、男と女では子どもの頃から物の見方が違うのかもしれない。そして目の前の舞奈も、その“女”の一人なのだ。


(女って、やっぱ怖え〜)


浩太は心の中で密かにそう呟いた。


「あれ、そういえばおじいちゃんは?」


舞奈がリビングを見回して尋ねた。


「もう寝ちゃったよ」

「もう寝たの? まだ九時前なのに」

「最近は、早く眠くなるんだって。それに今日は依智伽ちゃんが来るっていうんで、早くから張り切って掃除したり、食事の準備をしたりしてたからな。だいたい、おまえ、女なんだから少しは手伝えよ」

「私、家事は苦手なの。それに、おじいちゃんがやりたがってるんだし。ねえ、おじいちゃんって、おばあちゃんがいた頃から自分で家事してたの?」

「さあ、どうだったかな。たぶん、あんまりしてなかったと思うけど。おばあちゃん、家のことはなんでも自分でする人だったし……でもおじいちゃんとおばあちゃん、二人でアパートの大家さんしてたし、簡単な大工仕事みたいなのは得意だって聞いたことあるけど」

「そう……やっぱり気を使ってるのかな」


舞奈が低い声で、ぽつりと言った。祖父は、浩太たちの母親の遺体を山中に運んで埋めた。たとえ祖母を庇うためだったとしても、それは許される行為ではない。


「おじいちゃん、私たちと一緒にいるの、辛くないのかな」


それは浩太も思うことだった。実は一緒に暮らしたくないのではないかと。実の息子や孫とはいえ、遺棄した者の家族でもあるのだ。浩太たちと日々顔を合わせることが、自身の罪の意識をより深めてしまうのではないかと。でも、もしかすると祖父は、敢えてそうしているのかもしれない。


 それが祖父にとっての贖罪ということなのだろうか。祖父が帰って来てから、浩太たちは母の話をした事がない。そう決めたわけではないか、「暗黙の了解」とでもいうのだろうか。判決が言い渡されたとき、祖父は「この罪を生涯背負って生きていく」と言っていた。


「でもさ、おじいちゃんがどこか知らないところで一人で暮らしてたら、こっちが心配でしょうがないよ。だから、おじいちゃんにはずっとここにいてもらわなくちゃ。おじいちゃんが少しでも楽しく過ごせるように、俺たちが普通にしてるのが一番いいんだよ」

「うん、そうだね。お兄ちゃん、たまにはいいこと言うね」

「たまにはって何だよ。俺はいつだっていいことしか言わない。おまえこそ、たまにはおじいちゃん手伝って、家事の一つくらいしろ」

「はあ? さっき“普通にしてるのが一番いい”って言ったじゃない。私が家事なんかしたら、不自然極まりないでしょ」


屁理屈だ。そう思いながらも、どこか理にかなっているような気もしてしまう。最近は舞奈と話すと、最後にはいつも言い負かされている気がする、と浩太は思った。

 

 翌朝、目を覚まし階下に降りると、依智伽はすでに起きており、祖父と一緒に朝食の支度をしていた。舞奈は、ただテーブルに座っている。父はいつものようにリビングのソファーに腰を掛けて新聞を読んでいた。


「浩太お兄ちゃん、おはようございます」


やけに明るい一花の声が耳に飛び込んでくる。


「お、おはよう」

「今日は依智伽ちゃんが手伝ってくれたんだ。わしはいいって言ったんだけどね」


祖父は少し楽しげな顔で、こちらを見た。


「あ、そうなんだ」

お読みいただきありがとうございます。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ