錯綜2-2-⑦:触れてはいけない真実
「そうそう、彼女もその一人らしいよ」
「そうなの?」
浩太は驚いたように朝陽を見返した。和とは目も合わせない。やはり――この前、あんなことを言ってしまったから怒っているのかもしれない。
(まあ……それなら仕方ないか)
自分が蒔いた種だ、これ以上関わらない方がきっとお互いの為だ。傷の舐め合いなんてしても意味がない。
「じゃあ、よろしくね」
そう言い残してその場を離れようとした和の背後から、朝陽の声がかかった。
「ちょっと、待って」
ゆっくりと振り返る。朝陽はまっすぐに和を見ていた。
「前から聞いてみたかったんだけど……深見さん、どうして浩太のお母さんのこと知ってるの?」
「お、おい!」
その問いに、浩太も動揺を隠せず声を上げた。
「お前、何言い出すんだよ」
「だって、ずっと引っかかってたんだ。喉に小骨が刺さったみたいに。だけど、いつも誰かがいて聞けなかったから。今なら他の子いないし」
朝陽は、浩太から全てを聞いているのだ――そう思った瞬間、和は胸の奥にひんやりとしたものを感じた。浩太の秘密を知っていたのが自分だけではなかった、そのことに落胆している自分がいる。
「知っていたら、どうなの?」
無表情のまま、和は問い返した。
「どうって……あんな質問、なんでしたのかなって。もし面白半分だったら、ちょっと悪趣味だと思って」
面白がっているように見えた?――浩太が朝陽にそう言ったのだろうか。
「おい、朝陽、もういいだろ」
「よくないよ」
「私、そんな悪趣味じゃないわ」
「じゃあ、何なの?」
和はゆっくり眼鏡を外した。そして浩太に視線を向ける。気づいてくれるかもしれない、そんな一縷の期待をこめて。だが、浩太はただ不思議そうな顔をして和を見つめているだけだった。
「上條君に興味があったのよ」
その言葉に、朝陽の表情が険しくなる。
「興味? それって、やっぱり面白がってるってことじゃないの?」
浩太のことに、こんなに熱くなる人がいる――和にはそんな人間はいなかった。誰かに知られたくない過去、でも和と浩太とでは、まるで意味が違うのだということを改めて認識した。同じだったらよかったのに。和の母も、浩太の母のように誰かに“殺された”のだったら。理屈に合わないことを思ってる、ということは自分でもわかる。でも心の中の黒いモヤモヤがどんどん広がる。
「違うわ……同じだからよ」
気づけば、口が勝手に動いていた。まるで誰かに操られるように。
「同じって?」
朝陽と浩太が、声をそろえる。
「私の親も……殺されたの」
言ってしまった瞬間、血の気が引いた。嘘だ、すぐにばれる。どうして、こんなことを――。
(私って……面倒臭い、な)
「殺されたって……?」
朝陽が、ゆっくりとした口調で聞き返す。和の頭の中は色んな思考がグルグルと交錯している。
(そうだ!)
これは嘘じゃない。ある意味、本当に殺されたようなものだった。あの男さえいなければ――。和の脳裏に、あの日の光景が蘇る。天井から垂れるロープ、今にも飛び出しそうな目をした母の姿。
あれは他殺だ。母は、あの男に殺されたのだ、だから、嘘じゃない。
浩太の母は祖母に殺された。加害者の家族でもあり、被害者の家族でもある。和にも、同じような身内がいた。父親だ。母は何度も言っていた。「あの人は犯罪者。女性を傷つけて、下手をすれば殺人犯になっていたかもしれない」と。
「そう、そして……ある事件の加害者でもあったの。だから上條君に興味があった。似ていると思ったのよ」
“似ている”――確かにそうだった。人に言えない過去を持っている。なのにまるでそれを感じさせずに生きる浩太。何もなかったかのように、日常を過ごしている。それは和にとって異質な存在のように感じられた。
「事件って……?」
「それは……言いたくない」
浮気して家庭を壊し、逃げた女性を追い回して傷を負わせた父。不倫相手を家に連れ込んだ母――どちらも和にとっては恥でしかない。だから自分も、あんな目に遭ったのだ。全ては親のせいだと、親は選べないとよく言ったものだ。言った人に拍手したい気分である。
「でも、深見さんは浩太のお母さんの事件を知ってるんだよね? なのに自分のことは話さないって、不公平じゃない?」
(それのどこが不公平なの?)
和はそう思った。浩太が自分から語ったわけではない。ただ、和が知っていただけ。心の奥から、誰かの声が聞こえてくる。
“不公平なのは、そんなことじゃない”
「い、いいよ、朝陽。誰にだって、触れられたくないことはあるから」
浩太が、朝陽をなだめようとする。だが朝陽は食い下がる。
「でも深見さんは、それに触れたんだよ? 自分だけ話したくないっていうのは、筋が通らなくない?」
朝陽の言い分はきっと筋が通っているのだろう。この人は、本当に真っ直ぐな人だから。でも、だからってこちらの恥部を話す必然性はない。
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