錯綜2-2-⑥:目標、友情、そして“普通”になれない怖さ
最終成績は学年二位。けれど総合では三位だった。みんなは喜んでいたが、和はやはり悔しかった。あんなに頑張ったのに、と。
(来年こそは絶対、一位を取る)
そう密かに誓ったが、それは決して口にも、顔にも出さなかった。きっと誰も、和がこんな闘志に燃えているなんて気づかないだろう。そして学校に来る理由がひとつできた気がした。総合優勝を果たしたのは、生徒会長・譲原真理子が率いる三年生のクラスだった。
さすがに最上級生だけあり、団結力では到底かなわない。真理子とは何度か生徒会室で顔を合わせたことがあるが、美人で聡明、非の打ちどころがないという言葉がぴったりの女性だった。家も裕福で、まさに「お嬢様」という肩書きが似合う。偉そうな素振りひとつないのに、近くにいるだけで空気が変わる。少し昔の時代なら「貴族令嬢」と呼ばれる立場の人であっただろうな、などと感じてしまう。住む世界が違う、そんなことを思わせる人間が本当にいるのだと実感した。
あんな人間になれたなら、きっと誰にも傷つけられずに生きられるのだろう。和は、そんな彼女にどこか憧れていた。それは、和だけではない。女子生徒の多くが同じように感じているに違いない。否――真理子に想いを寄せている男子生徒も、きっと少なくないだろう。
真理子の傍らには、同じクラスの藍田瑞樹と柏木杏奈という生徒がいつもいた。三人はそれぞれに全く異なる個性を持ちつつも、見事なバランスで調和していた。信頼し合い、心から繋がっている――そんな雰囲気が、三人の姿にはあった。
(あんな友達がいれば、何かが変わるんだろうか……)
ふと、そんな思いがよぎる。でも和は、人と特別な関係になるのが怖い。もし仲良くなって、自分が“普通じゃない”ことを知られてしまったら。その瞬間、距離を置かれ、軽蔑される。そんな未来ばかりが浮かんでしまうのだ。
体育祭の余韻が残る中、片付けも終わって帰ろうとしていたとき――浩太と朝陽が楽しげに話しているのが目に入った。和はカバンから、先日のホームルームで扱った学園祭の演目アンケートをまとめたノートを取り出す。
「楽しそうなところ悪いけど」
少し冷たい声で、二人の会話に割って入った。
「な、何?」
浩太が一瞬、身構える。まるで怯えているようなその反応が、なぜか和の中の苛立ちを呼び起こす。せっかく少しは気持ちが軽くなっていたのに――。でも、きっとこれは自業自得だ。あのとき、余計なことを口にしてしまったから。浩太は、次に和が何を言うのか、警戒するように見つめている。その姿は、まるで叱られている子どものようだった。
「学園祭は体育祭より規模が大きいから、明日からすぐ準備に入らないといけないと思うの」
「そ、そうなの?」
浩太は和ではなく、なぜか朝陽の方を見て尋ねる。
「あ、うん。俺、姉ちゃんが在学してた時に、来た事あるけど明星祭っていって、この地域の人たちや保護者も来るんだ。バザーもあって、ほとんどお祭りみたいな感じだったよ」
「へえ、そうなんだ……」
浩太は感心したように頷いた。だが、和の中からさっきまでかすかに残っていた“楽しかった気持ち”は、すっと消えていった。声をかけたのは自分なのに、浩太は目を合わせようともしない。
「ホームルームで出た意見とアンケートをもとに、出店と舞台演目の候補をピックアップしておいた。明日のホームルームは、これに沿って進行してくれる?」
和はノートを浩太に差し出した。
「うん。わかった。ありがとう」
「舞台演目には将来をかけている生徒もいるから、慎重かつ公平に議事を進めるように配慮してね」
「将来……?」
和の一言に、浩太は目を丸くする。そして、また朝陽を見る。その顔には、まるで「大げさすぎるだろ」と言いたげな表情が浮かんでいた。無理もない。たかが高校の文化祭の演目に、将来を賭けている人間がいるなど、普通は思わないだろう。和だって、最近その話を聞いたばかり。体育祭の打ち合わせで生徒会室に行った時に、居合わせた真理子から聞くまでは、考えたこともなかった。浩太の視線を受けて、朝陽が口を開いた。
「ああ、それも姉ちゃんから聞いたことあるよ」
「聞いたって?」
「学園祭には、その道のエキスパートが見に来ることもあるって。演劇とか音楽とか。そこで才能を見込まれて、海外の有名校に推薦された人もいるらしいよ」
「海外って……そんなの、ほんとにあるのか?」
「あるよ。実際、国内外で活躍してる卒業生が何人もいるって。ミュージカル俳優とか、あと、あの有名なフルート奏者も――なんだっけ……」
その言葉を、和が引き取って告げる。
「加賀瑤子」
それも真理子から聞いた。名前は知っていた。けれど、彼女が明星学園の出身だとは知らなかった。今や、世界で名を馳せるフルート奏者。
――自分にも、あんな目標があったなら。
打ち込める何か、そういうものがあればそうすれば、他のことなんて考えずに済むのに、またそんなことを考えてしまう和がいた。
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