表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
55/253

錯綜2-2-⑥:目標、友情、そして“普通”になれない怖さ

 最終成績は学年二位。けれど総合では三位だった。みんなは喜んでいたが、和はやはり悔しかった。あんなに頑張ったのに、と。


(来年こそは絶対、一位を取る)


そう密かに誓ったが、それは決して口にも、顔にも出さなかった。きっと誰も、和がこんな闘志に燃えているなんて気づかないだろう。そして学校に来る理由がひとつできた気がした。総合優勝を果たしたのは、生徒会長・譲原真理子が率いる三年生のクラスだった。


 さすがに最上級生だけあり、団結力では到底かなわない。真理子とは何度か生徒会室で顔を合わせたことがあるが、美人で聡明、非の打ちどころがないという言葉がぴったりの女性だった。家も裕福で、まさに「お嬢様」という肩書きが似合う。偉そうな素振りひとつないのに、近くにいるだけで空気が変わる。少し昔の時代なら「貴族令嬢」と呼ばれる立場の人であっただろうな、などと感じてしまう。住む世界が違う、そんなことを思わせる人間が本当にいるのだと実感した。


 あんな人間になれたなら、きっと誰にも傷つけられずに生きられるのだろう。和は、そんな彼女にどこか憧れていた。それは、和だけではない。女子生徒の多くが同じように感じているに違いない。否――真理子に想いを寄せている男子生徒も、きっと少なくないだろう。


 真理子の傍らには、同じクラスの藍田瑞樹と柏木杏奈という生徒がいつもいた。三人はそれぞれに全く異なる個性を持ちつつも、見事なバランスで調和していた。信頼し合い、心から繋がっている――そんな雰囲気が、三人の姿にはあった。


(あんな友達がいれば、何かが変わるんだろうか……)


 ふと、そんな思いがよぎる。でも和は、人と特別な関係になるのが怖い。もし仲良くなって、自分が“普通じゃない”ことを知られてしまったら。その瞬間、距離を置かれ、軽蔑される。そんな未来ばかりが浮かんでしまうのだ。


 体育祭の余韻が残る中、片付けも終わって帰ろうとしていたとき――浩太と朝陽が楽しげに話しているのが目に入った。和はカバンから、先日のホームルームで扱った学園祭の演目アンケートをまとめたノートを取り出す。


「楽しそうなところ悪いけど」


少し冷たい声で、二人の会話に割って入った。


「な、何?」


浩太が一瞬、身構える。まるで怯えているようなその反応が、なぜか和の中の苛立ちを呼び起こす。せっかく少しは気持ちが軽くなっていたのに――。でも、きっとこれは自業自得だ。あのとき、余計なことを口にしてしまったから。浩太は、次に和が何を言うのか、警戒するように見つめている。その姿は、まるで叱られている子どものようだった。


「学園祭は体育祭より規模が大きいから、明日からすぐ準備に入らないといけないと思うの」

「そ、そうなの?」


浩太は和ではなく、なぜか朝陽の方を見て尋ねる。


「あ、うん。俺、姉ちゃんが在学してた時に、来た事あるけど明星祭っていって、この地域の人たちや保護者も来るんだ。バザーもあって、ほとんどお祭りみたいな感じだったよ」

「へえ、そうなんだ……」


浩太は感心したように頷いた。だが、和の中からさっきまでかすかに残っていた“楽しかった気持ち”は、すっと消えていった。声をかけたのは自分なのに、浩太は目を合わせようともしない。


「ホームルームで出た意見とアンケートをもとに、出店と舞台演目の候補をピックアップしておいた。明日のホームルームは、これに沿って進行してくれる?」


和はノートを浩太に差し出した。


「うん。わかった。ありがとう」

「舞台演目には将来をかけている生徒もいるから、慎重かつ公平に議事を進めるように配慮してね」

「将来……?」


 和の一言に、浩太は目を丸くする。そして、また朝陽を見る。その顔には、まるで「大げさすぎるだろ」と言いたげな表情が浮かんでいた。無理もない。たかが高校の文化祭の演目に、将来を賭けている人間がいるなど、普通は思わないだろう。和だって、最近その話を聞いたばかり。体育祭の打ち合わせで生徒会室に行った時に、居合わせた真理子から聞くまでは、考えたこともなかった。浩太の視線を受けて、朝陽が口を開いた。


「ああ、それも姉ちゃんから聞いたことあるよ」

「聞いたって?」

「学園祭には、その道のエキスパートが見に来ることもあるって。演劇とか音楽とか。そこで才能を見込まれて、海外の有名校に推薦された人もいるらしいよ」

「海外って……そんなの、ほんとにあるのか?」

「あるよ。実際、国内外で活躍してる卒業生が何人もいるって。ミュージカル俳優とか、あと、あの有名なフルート奏者も――なんだっけ……」


その言葉を、和が引き取って告げる。


加賀瑤子(かがようこ)


 それも真理子から聞いた。名前は知っていた。けれど、彼女が明星学園の出身だとは知らなかった。今や、世界で名を馳せるフルート奏者。


 ――自分にも、あんな目標があったなら。


打ち込める何か、そういうものがあればそうすれば、他のことなんて考えずに済むのに、またそんなことを考えてしまう和がいた。

お読みいただきありがとうございます。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ