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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-2-③:母を殺された子供達

 それから何日かが過ぎたある日のことだった。父が、浩太と舞奈に「話がある」といつになく改まって口を開いた。


「依智伽ちゃんが、しばらくうちに来ることになっても構わないかな」


浩太と舞奈は、一瞬顔を見合わせた。


「依智伽ちゃん、今どこにいるの?」


舞奈が、浩太より先に口を開いた。


「お母さんが亡くなって、身寄りもないから、今は児童養護施設にいる。気になって様子を見に行ったんだが、どうも馴染めないようなんだ。まあ、母親が亡くなったばかりだから仕方ないとは思うけど……。せめて気持ちが落ち着くまでの間、うちで預かってあげられないかと思ってな。お前たちなら、その……依智伽ちゃんの気持ちが分かるんじゃないかと思って」


同じように母親を亡くした、(いや)、母を殺された者同士だから、ということなのだろうか。父は「一時的に」と言ってはいるが、もしかしたらこのまま引き取るつもりなのではないか、浩太はそう思った。確かに、立場は似ている。そして、子どもに罪はない。それを一番痛感しているのは、浩太たち自身だ。


だが、依智伽は——。


浩太が言葉に詰まっていると、舞奈が先に答えた。


「いいよ。きっと寂しいに決まってる。私、依智伽ちゃんのこと、ずっと気になってたから」


舞奈の返事を聞いて、父はほっとしたように息を吐いた。


「そうか、よかった。浩太は? どうなんだ」

「俺は……」


依智伽は、梗子の娘だ。そのことが、どうしても引っかかっていた。でも、それを口にするのは、心が狭い人間のようで、言えなかった。


人殺しの孫だと何度言われたことか。どれほど悔しくて、どれほど唇を噛んだことか——殺されたのは他人ではなく母親なのに。。そんな自分が、今、依智伽を拒んだら、あの頃、自分達に冷たい目を向けた人間と同じになってしまう気がした。


それに、梗子は殺されたのだからただの被害者だ。依智伽は、被害者の娘に他ならない。


「……俺も、別に構わないよ。父さんがそうしたいなら」


浩太の答えに、父は嬉しそうに笑った。そして浩太は思う。この人は、やっぱり無類のお人よしだと。だが、そんな父が、浩太は嫌いではなかった。きっと母も、そんなところが好きだったのだろう。


 母はいつも父に対して上から目線で話していたけれど、父の健康を気遣って毎日弁当を持たせていた。口ではきついことを言っていたが、きっと本心は違ったのではないか……最近、そう思うようになった。けれど、母が死んでしまった今となっては、その真意がどうであったかはもう確かめることはできない。


——そして二日後。父は依智伽を連れて帰ってきた。


 最初に見たとき、それがあの時、梗子が釣れていた女の子だとはだとは思えないほど印象が変わっていた。とは言っても、最後に会ってから二年以上は経っている。変わるのは無理もないのかもしれない。


「こんにちは、依智伽ちゃん。久しぶり、元気だった?」


舞奈が声をかけると、依智伽は無言のまま小さく頷いた。引っ込み思案なところは、今も変わっていないようだ。


「私のこと、覚えてる?」

「……舞奈、お姉ちゃん?」

「よかった、覚えててくれて」


舞奈の言葉に、依智伽は少し笑った。


「お兄ちゃんも、何か言ったら?」


様子を見ていた浩太の背を、舞奈がポンと叩く。


「あ、ああ。えっと……いらっしゃい」

「なにそれ。男ってほんとダメねえ」


中学一年生になってから、舞奈はよくそんなことを言うようになった。仲のいい同級生の母親の口癖らしく、面白がって真似しているのだ。


 母が亡くなったときは塞ぎがちだった舞奈も、最近はやたらと生意気なことを口にするようになった。特に中学に上がってからは、浩太も時々閉口する。なんとなく母に似てきたようにも思う。父は、そんな舞奈を目を細めて見ていた。


 浩太が頭を掻くと、それを見た依智伽が口の端でニッと笑った。その笑みが、あの梗子のものと重なり、浩太はゾクリとした。


——依智伽は、母親が殺されたことをどう受け止めているのだろう。


 ある日、突然、母親が殺される。そんな非日常が、こんなにも身近で起きるなんて。夕食後、ふとそんなことを考えながら依智伽を見ていると、まるで浩太の心を読んだかのように、依智伽が口を開いた。


「浩太お兄ちゃんは、どう思ったの?」

「え?」

「お母さんが死んだとき」


そのときの依智伽の顔は、まるで大人のようだった。


「どうって……よく分からなかった。まだ小学五年生だったし」

「私は今四年。でも、人が死ぬってどういうことかは分かるよ」

「どういうことだと思ってるの?」

「死んだら終わり。何もなくなるの」

「何も?」

「うん。だから、お母さんはもう終わっちゃったんだ」

「終わっちゃった……」


本当に意味を分かって言っているのだろうか。


「あのさ、“終わっちゃった”って、君の——」

「死んだのは君のお義母さんだよ」、そう言いかけたそのとき、風呂から上がった舞奈が戻ってきた。

「依智伽ちゃんも、お風呂入れば?」

「あ、うん」


頷いた依智伽の顔には、子どもらしい表情が戻っていた。でも光太の横を通り過ぎる時、その顔に笑みが浮かんでいた。


その笑顔を見て、浩太の背筋をまた冷たいものが走った。


お読みいただきありがとうございます。

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