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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜2-1-②:母の変化とサッカー少年時代の和

 離婚後、和は母親に「お父さんは私たちを裏切って出ていったの」と、毎日のように言い、そして最後には決まってこう言った。


「和はお母さんを裏切らないでね。もし和に裏切られたら……お母さん、死んじゃう。お母さんが死んでもいいの?――良くないよね」


 浮気相手に執着して落ちてしまった父を見て、母の中で何かが変わったのか、それまで以上に身なりに気を遣うようになった。否、気を使うというよりは目に見えて派手になっていった。学校の参観日に来ると、いつも人目を引いた。


「みすぼらしい格好をして行ったら、和に恥をかかせるでしょう? それに、“だから夫に逃げられたんだ”なんて言われたくないもの」


 幼い和は、母が自分のために綺麗にしてくれているのだと思って嬉しくなった。


 小学校二年生の頃、母が「女の子でも入れるみたいよ。和、サッカー好きだったでしょ?」と、地域のサッカーチームへの入団を勧めてきた。身体を動かすのは大好きだったし、誘われるままにチームに入った。


 サッカーは想像以上に楽しかった。母が仕事で帰りが遅くなっても、一人で練習に打ち込むことで寂しさを紛らわせることもできた。女子はチームで和一人だったが、誰も気に留める様子はなく、男の子たちと同じようにグランドを走り回る事は爽快だった。試合の時などは、他の母親たちが「女の子一人だから」と気を配ってくれたのも嬉しかった。


 ただ、和の母はいつも派手な格好でやってきたので、他の保護者たちから浮いていた。母自身は自分が派手であるという自覚は全然、なかったようである。周りが引いているのは、自分が夫に捨てられた可哀想な女だと思われているからだと思い込んでいた。それでも、和が周囲に何か言われないようにと、差し入れをしたり、チームの雑用も手伝ったりしていたので皆、母の身なりには目をつむっているようなところがあった。


一年もすると、和は試合に出られるようになり、ますます楽しくなっていった。それに試合で活躍すると母はとても喜んだ。ショートカットで細身の和は、よく男の子に間違われた。試合中など、知らない人の多くが彼女を少年だと思っていたようだ。対戦相手の選手も例外ではなかった。


 和はチームメイトに「わっちゃん」と呼ばれていた。時々、対戦相手と話すこともあったが、やはり男子だと思われていた。和自身も、それを面白がっていた。女だと知られると手加減されたり、逆にマークされたりすることあるのが嫌だったので、敢えて言わなかった、というところもある。実際、加入当初は「女の子が混じっている」と面白がられ、集中的に狙われたこともあった。だから、チームメイトもわざわざ和が女子であることを明かすようなことはしなかった。


 そんなある日、和は対戦相手のチームに、ラインコントロールの巧みな選手がいることに気づいた。名前は上條浩太。同い年ということもあり、和は一目置くようになった。浩太の意図を読み、ディフェンスラインをうまく下げて出し抜けた時など、たまらない快感があった。何度かそんな攻防を繰り返すうち、浩太も和の動きに警戒するようになった。とは言ってもほとんど会話を交わすことはなかったので、浩太は今も和を男だと思っているに違いない、とは感じていた。


 ある時、トイレで見かけた少女が、和を見て目を見開いた。和が微笑んで「私、女の子だよ」と告げると、少女はさらに驚いた顔をした。「でも、誰にも内緒だよ」と言うと、彼女はくすっと笑って頷いた。

 後になって、その少女が浩太の妹だと知った。


 だが、小学五年の秋、浩太は突然チームから姿を消した。理由はしばらくしてから耳に入った――行方不明になっていた母親が殺されていたというのだ。


 和は浩太の母親を何度か見かけたことがある。時折、和の母とも言葉を交わしていた。事件のことを知った時、和の母は「知っている人が殺されるなんて……」と震えていた。


 後に聞いた話によれば、二人が会話するようになったきっかけは、試合の合間にトイレで顔を合わせた時、和の母が声をかけたのが始まりだったという。


「子供たちへの差し入れって、どうしてますか?」


 和の母の方から尋ねた事にあるらしい。同じチームの母親達から少し浮いている事を感じ取っていた為、聞き難かったというのもあったが偶々子供達が浩太の母のお弁当がとても美味しいと話していたのを耳にしていた事があったからだ。


 他所のチームの親だから中々話す機会もなかったがトイレで会ったのを幸い、声を掛けたらしい。浩太の母は料理が得意で色々とアドバイスをくれた。そんなに何度も話していたわけではないがそれから顔を合わすと軽い挨拶くらいはするようになったという事であった。


 チーム内で少し浮いていると感じていたこともあって、なかなか他の母親たちには聞けなかった。そんな時、偶然耳にした「浩太くんのお母さんが作ってくるお弁当はすごく美味しい」という子供たちの会話を聞いた事があったからだ。


 浩太の母は料理が得意で、親切に色々とアドバイスをくれた。何度も会話を交わしたわけではないが、それ以降、顔を合わせれば軽い挨拶を交わす程度の関係にはなっていたということだった。

お読みいただきありがとうございます。

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