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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-2-②:消えた真実と、窓辺の放課後

「じゃ、何だよ。正直に言えよ、どの子だよ」


朝陽は窓から下を見下ろしながら、面白がるようにもう一度尋ねた。


「本当にそういう話じゃないんだ。実は……あの女が死んだらしい」

「あの女……?」


聞き返して、朝陽はハッとしたように顔を上げた。


「まさか、お前が“真

「ああ。しかも――殺されたってさ」

「嘘だろ?」

「嘘じゃない。昨日、父さんの会社に警察が来たって」

「なんで? 誰に?」

「そんなこと、わかるわけない。でも……これでもう……」


もう、祖母の無実を証明できなくなった。浩太はそう思った。


 祖母の事件は、あの三芳梗子が仕組んだ――浩太はずっとそう思っていた。祖母が亡くなったとき、梗子が見せたあの晴れやかな表情。あれは今でも忘れられない。あの女は医療刑務所で祖母の担当看護師となって、祖母を監視していたのだ。いつか自分が大人になったら、何年かかっても必ずそれを証明してみせる、そう誓っていたのに……肝心のその女が死んでしまったのでは、もう白状させることもできない。


 父にもそんな浩太の思いを一度話したことがあったが、「何を馬鹿な」と取り合ってくれなかった。子どもの戯言だと一笑に付されたのだろう。実際、何の証拠もなく、ただの直感に過ぎなかった。


――でも、あの女は本当に気味が悪かった。


 母が生きていた頃は、それほど意識していなかったが、母が亡くなった直後から、嬉しそうな顔で家に出入りしていたあの様子には、どこにも“友人を亡くした悲しみ”など見受けられなかった。


「その女って、確か子どもがいるって言ってなかったか? 父親いないんだろ?」

「え? あ、それは……」


子どものことなど、すっかり忘れていた。父も何も言わなかった。祖母が亡くなったとき、小学一年生だったはずだ。今は――四年生になっているだろうか。


「さあ、どうなったんだろうな」

「親がいなくなったってことは……やっぱり施設とか?」

「そうだろうな……」


浩太の脳裏に、あの子の顔が浮かぶ。三芳梗子が何度か連れてきていた、名を依智伽(いちか)と言った。梗子が「智樹さんの“智”の字を使った」と言っていたのを思い出す。「智樹」は父の名だ。


 当時はまだ子どもだったから深く考えなかったが、今思えばおかしな話だ。浩太の父の子どもでもないのに、その字を取って名付けるなんて。でも母は梗子がそう言っても笑っていた。母は梗子を何となく下に見ていたような気がする。


 依智伽はどこかおどおどした、静かな子だった。いつも梗子の顔色を窺っていた。梗子のほうは、そんな依智伽を全く気にも留めていないようだった。

 依智伽は、愛情に飢えた暗い雰囲気をまとっていた。妹の舞奈によくくっついていて、まるで本当の姉妹のようだった。梗子が家に来なくなってから、舞奈はほっとした様子だったが、依智伽のことは時々思い出しては心配していた。


「お、三人娘が出てきたぞ」


朝陽が校庭を見たまま、にやけ顔でそう言った。

“三人娘”とは、この学校の三年生――生徒会長とその仲の良い二人の女子生徒のことを、朝陽が勝手にそう呼んでいるだけだった。正式なあだ名というわけではない。


「やっぱり美人だよなあ」


この学校に入って、生徒会長が女子だと知ったとき、浩太は少しがっかりした。なぜ男じゃないんだと。女性を下に見ていたわけじゃない、ただ、女性という人種が好きになれないだけだ。多分、これは梗子の影響ではある。


 そしてその会長は、学内だけでなく全国模試でも常にトップクラスの秀才だと聞かされ、どんなガリ勉タイプかと思っていたら――現れたのは目を見張るほどの美人だった。ああいうのを才媛、というのか。初めて見たとき、朝陽は完全に目を奪われていた。


「譲原先輩か?」


浩太も窓辺に近づき、朝陽の視線の先を追った。


「もちろん、生徒会長の美貌は群を抜いてる。でも、あの藍田先輩の中性的な雰囲気もエキゾチックでいいよな。それに柏木先輩の、あの優しくて乙女チックな可愛さも捨てがたい」

「何勝手なこと言ってんだよ。誰もお前なんか相手にしないぞ。第一、二年も上の先輩だぞ」

「二年なんて、社会人になればたいした年の差じゃない」

「そうかもしれないけど、俺たちはまだ高校生。彼女たちから見たら、ただの下級生、子どもだよ」

「だよな~。なんでもう二年早く生まれてこなかったんだろ。俺が卒業するまで待っててくれないかなあ」

「お前、バカ?」


真剣にそんなことを言う朝陽に、浩太は呆れるしかなかった。


 それでも、中学時代、光太の陰口を叩く連中を無視して接してくれた、唯一の人間だった。だから浩太は、朝陽のことを誰よりも信頼している。こうしてバカな話をして笑っていられる――そんな時間が何よりも楽しい。あの事件以来、朝陽と話すようになるまで、学校で笑う事なんて一度もなかった。こんな時間を持てるようになったのは朝陽のお陰だ。


 そう思いながら、校庭を歩く三人の姿を目で追っていたそのとき、ふいに一人が振り返ってこちらを見上げた。柏木杏奈だ。その視線が浩太と交わると、一瞬、怯えたように見えたが、すぐに前を向き直った。


(……何だ?)


「お、今、俺を見たぞ! な、見たよな?」


朝陽が嬉しそうに声を上げる。


「お前が好きなのは譲原先輩だろ」

「だから、さっきも言ったじゃん。甲乙つけがたいんだって。譲原先輩は確かに飛びぬけて美人だけど、ちょっと近寄りがたいオーラがある。その点、柏木先輩はなんかこう……包み込んでくれそうな優しさがあるじゃん」

「たぶん、お前のことなんて眼中にないと思うけどな」

「うわ、そういう夢も希望もない言い方やめてくれよ。だって今、確かに俺を見たんだぞ? 俺の熱い視線を杏奈ちゃんが受け止めてくれたんだ!」

「杏奈ちゃんって……」


朝陽のこの底抜けの明るさが、浩太は好きだった。一緒にいると、嫌なことを忘れられる。

お読みいただきありがとうございます。

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