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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-5-⑥:和の怒りと殺された元コーチとの繋がりは……

 浩太はそれから何度か銀座に足を運んで、あてもなくぶらついた。特に用事があったわけではない。ただ、もしかしたら依智伽に出会うかもしれない──そんな思いがあったことは確かだ。


 舞奈が依智伽を見かけたのは、ただの偶然に過ぎない。依智伽がこの辺りに住んでいるという確証すらない。会える確率など、ほとんどゼロに近い。いや、仮に住んでいたとしても、浩太が出向いたタイミングで、ちょうど出くわすなど奇跡に近い話だ。それでも、もしかして、と思ってしまう。会ったところで、何が聞けるわけでもないのに。何度か訪れたが、結局、依智伽に会うことは一度もなかった。三学期の終わりには、自分がしていることが急に馬鹿馬鹿しく思え、やめてしまった。


 四月になり、浩太は高校二年生になった。とはいえ、生活に目立った変化はない。新一年生の姿を見て、「ああ、自分たちは上級生になったのか」とは思うものの、クラスは持ち上がりで新鮮味も乏しい。ただ、譲原先輩たちが三月で卒業して学園からいなくなったので、学校全体が何となく寂しくなったように感じられる。やはり、存在感が大きな先輩たちだった。


 新学期では、和が再びクラス委員長を務めることになった。クラスメイトたちがこぞって推薦したのだ。何事にも冷静に、そつなくこなす和が適任だと、誰もが思っていたのだろう。和も、特に嫌がる様子もなく引き受けた。このままいけば、秋の生徒会長選挙で、和がクラスの代表に選ばれるのは間違いない。そして、おそらく当選して、生徒会長になるのだろうと浩太は思った。


 一方の浩太には、特に何も回ってくることもなかったが、朝陽が副委員長に選ばれた。

新学期が始まって数日が過ぎた昼休み、浩太は朝陽と一緒に屋上で弁当を食べていた。


「はーっ……」


 朝陽がいきなり大きな溜息を吐いて、肩を落とす。そういえば授業中も何度か溜息を吐いていたし、休憩時間も妙に和の方ばかり気にしていたように見えた。いつも明るい朝陽にしては珍しいことだ。


「どうした?お前がそんなに溜息を吐くなんて、珍しいな」

「昨日さ、俺、クラスの用事で放課後残ったじゃない、深見さんと一緒に」

「ああ、今日の化学の授業の準備だっけ?」


いつもなら浩太も朝陽を手伝って一緒に残るのだが、昨日は祖父に頼まれ事がり、先に帰った。


「そう。それでさ、二人で化学実験室に行って備品の整理をしていたんだけど」

「うん」

「その間ずーっと無言なんだ、無言。まあ、いつもの事なのだけどさ……」


浩太が委員長していた時も和とは必要最低限しか会話しなかった。和が昔サッカーチームにいたと知って、少しは距離が縮まるかと思ったが、まるで変化はなかった。


「でもさ、ずっと黙ってるのって、やっぱり気まずいじゃん。だから、思い付いたこと、つい言っちゃったんだよね」

「思いついたことって?え、まさか?」

「そう、あれ」


 昨年、和に絡んでいた男が殺された。その男が、和が所属していたサッカーチームのコーチだったこと。浩太も朝陽も、それがずっと気になっていた。和には一度訪ねたが、知らない男だと完全に拒絶された。でも二人の間では何かと話題にしていた。


「だってさ、気になるだろ? なんで“知らない男”なんて言ったのか」

「で、なんて聞いたの?」

「まんま聞いた。『去年、君に絡んでた男って、サッカーチームのコーチだったんだろ? どうして知らない男なんて言ったの?』って」


朝陽らしい、直球だ。


「そしたらさ、ジロッて睨まれてさ」

「睨まれただけ?」

「いや、それだけじゃなくて。『そんなこと調べたの?』って言われて。だから『いや、調べたわけじゃなくて、偶然知っただけ』って言ったんだよ。そしたら──『あのときは気づかなかった。あとで分かった』って」

「ほんとに?」

「確かにサッカーのコーチしていた頃よりは様変わりはしていたけど、なんか後付けの言い訳っぽくって」

「そりゃ、そうだけど」

「で、俺も、思わず聞き返したよ。『あんなに近くで見て気づかないなんてあるか?』って。そしたら、『全然変わってたからわからなかった』って言い張る。でもさ、相手は深見さんが誰か分かって声掛けたんだと思うんだよな」

「それ、そのまんま言っちゃったのか?」

「で、俺、つい『なんで嘘つくの?』って言っちゃってさ。そしたら──」


 朝陽はそこで一呼吸置いて、苦笑した。


「すっげえ怖い顔して怒られた」

「怒られたって……どんなふうに?」

「『知ってたとしても、それが木島君に何の関係があるの? なんで私がそんなこと、いちいち説明しなきゃいけないのよ? 私の個人的なことを根掘り葉掘り聞いて、何が面白いの? そういうの、下衆って言うのよ。……木島君って、能天気なだけじゃないのね』だってさ」


そう一気に言い終えて、朝陽はまた大きく溜息を吐いた。確かに、これはきつい。

「“能天気”だよ? 能天気。脳がお天気って、俺、そんな風に思われてたんだ……」

「え、そこ?」


浩太には“下衆”の方がよほど刺さるように思える。


「そこだよ。他に何があるんだよ。……もしかしてクラスの連中も、みんなそう思ってるのかなって思っちゃってさ」

「ま、まあ……そんなことはないと思うけど。で、それよりさ、深見さん、他に何か言ってなかったの?」

「そんなこと”ってなんだよ。それに、“他”って?」

「だから、その殺されたコーチについて、何か話さなかったのかって」

「ああ……それは何も。俺、もうその一言で心が折れちゃって、それ以上聞けなかったし」

「なんだ……」

「“なんだ”ってなんだよ。俺、本気で傷ついたんだぞ」

「大丈夫だよ。朝陽はいつだって明るいのが取り柄なんだから。朝陽はクラスのムードメーカーだよ。みんな、頼りにしてるって」

「ほんとにそう思う?」

「思う思う」


 浩太が力を込めて言うと、朝陽はすぐにいつもの笑顔を取り戻した。……相変わらず、単純な奴だ。能天気って、結構言い当て妙だ。


 それにしても、それほど怒るというのは──やはり、触れられたくない何かがあるのだろう。

母親と関係を持った男というだけではない何か。そしてあの男の残した言葉――「俺の獲物」、あれはどういう意味だったのか。

お読みいただきありがとうございます。

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