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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第三章 陰影(いんえい)

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陰影2-5-㉑:確信に近づく疑惑

「何であんな笑い方をしたのか、ずっと引っ掛かっていた。ああ……思い出した。ずっと探していたモノを見つけたって言ったんだ。誰かに取られて、何処へ行ったのか分からなくなっていた。でも最近になって見つけた、そう言っていた。その時に、あの笑い方をしたんだ」

「……何処へ行ったのか分からなかったものを、見つけた……」


鳴海は小さく呟く。その言葉が耳の奥で反響する。頭の中に黒い影がじわりと広がっていく感覚があった。否応なく、一つの像が形を成し始める。


「何だよ。それって、あいつが殺された事と何か関係があるのか?」


兄の声が急に鋭くなる。


「あ、ううん。そういうんじゃないの」


咄嗟に否定したものの、声は僅かに震えていた。


「じゃあ何だ。どうしてそんな事を気にしている」

「……分かった。もういい。ありがとう、じゃあね」

「おい、ちょっと待て。何なんだよ!?」


兄はまだ何か言い掛けていたが、鳴海は通話を切った。想像が現実として固定されることを頭が拒んでいるような感覚。耳鳴りのように鼓動が響き、思考が重く鈍る。一番考えたくなった恐ろしい結論に、どんどん近づいって言ってるような気がする。


 先程、公洋との会話の中で引っ掛かったもの。岳の言う、ずっと探していたモノ――それは朱音だ。散らばっていた事実が静かに符合する。桃香が推測していた通りだ。否定しようとする度に、新たな断片がその可能性を裏付ける。疑念は、次第に確信へと変わりつつあった。


 岳は朱音に対して特別な感情を抱いていた。それは単なる好意ではなく、執着に近いものだったのかも知れない。そして終に、その歪んだ思いを暴力によって満たした。あの時点で、岳は朱音を手に入れたと錯覚したのではないか。自分のものにしたと、勝手に思い込んだ。


 しかし朱音は別の男性と結婚し、東京を離れた。結婚は急だった。盛大な式も披露宴もなかったと聞いている。卒業と殆ど同時に、公洋と共に名古屋へ移り住んだ。周囲が事情を呑み込む前に、朱音は生活の場を変えていた。


 岳はその事実を知らなかったのだろう。或る日突然、朱音が姿を消したと感じたはずだ。自分の手中にあったはずの存在が、何の前触れもなく消えたと。だからこそ、探し続けた。名古屋にいる間、朱音は殆ど東京へ戻らなかったと、母親は言っていた。


 その言葉が、今になって重みを持つ。岳は所在を掴めぬまま、長い年月を費やしたのだ。そして漸く見つけたと語った。朱音が東京に戻ったから。歪な感情がもたらす歪んだ笑顔。鳴海の胸の奥で、冷たい何かが静かに固まっていった。


 岳は、朱音の実家の様子を見に行っていたのだろう。だが、そこに朱音の姿はなかった。七年という歳月の間、岳は朱音が現れるのを待っていた。その間に焦燥と妄念だけを募らせていたのではないか。目の届くところから消えてしまったという、自分勝手な怒りを増幅させた。


 そして七年後、東京に戻って来た朱音を見つけた。偶然だったのか、それとも未だに実家近辺を徘徊していたのかは分からない。結婚をしたという事もそれまで知らなかったのかもしれない。手中に収めたはずの者が他の男の者になったという現実。


 それは、彼にとって到底受け入れ難い出来事だったはずだ。朱音は自分のものだと、思い込んでいたのから。その歪んだ所有意識が、彼の内側で音を立てて軋んだに違いない。


 そこまで思考を進めた時、鳴海の脳裏に一つの言葉が浮かんだ。もしかすると岳は、パラノイア、すなわち偏執的傾向を持っていたのではないか。パラノイアとは妄想性パーソナリティ障害に分類される精神障害の一種であり、拒絶や屈辱、不信に対して過剰に反応する特性を持つ。


 体験した事象を歪曲して受け取り、事実を自らに都合の良い形へと再構築する傾向がある。善意すら敵意として解釈する事もあれば、逆に自分の加害行為を正当化する理屈へと変換する事もある。

お読みいただきありがとうございます。

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