錯綜1-5-③:将来の夢と依智伽の行方
「で? 何を話したの?」
「何って、特別なことは……。深見さんのことを気にしてるようだったけど」
「なんで?」
「よく分からないけど、なんか怖い感じがするとか……」
「怖いって…なんだよ、それ?」
「さあ……それはそうと、藍田先輩、弁護士目指してるんだって。……朝陽ってさ、将来のこと考えたことある?」
「もちろん、あるさ」
「あるの?」
少し意外だった。朝陽からそんな話、これまで一度も聞いたことがない。
「どんな?」
「昔は、獣医になりたいと思ってた」
「本当?」
初耳だ。
「小学校のとき、飼ってた犬が死んだんだ。俺が生まれる前からうちにいて、どこ行くのも一緒だったのに」
「なんで死んだんの?」
「もう歳だったんだ。十五歳で死んだ。人間で言えば八十歳過ぎてたって。……俺、それから毎日泣いてさ。で、獣医になって犬の寿命を延ばすんだって、誓った」
それは朝陽らしい、その様子が簡単に想像できると浩太は思った。
「でも、今は違うの?」
「まあね」
「なんで?」
「本気で目指そうと調べたんだよ。そしたら、解剖とかあってさ」
「解剖?」
「獣医の勉強って、動物の解剖があるんだよ。俺、血もダメだし、死んだ動物なんて見たら泣いてしまう。そんな俺が、解剖なんてできるわけないって思ってさ」
「なるほど……」
確かに、それは朝陽には無理そうだと思った。
「でも、すごいよな、藍田先輩。弁護士って司法試験あるんだろ? めちゃくちゃ難しそうだし」
「うん、俺もすごいと思った。でも、ちょっと……」
「ちょっと、何?」
「俺も、弁護士になれば……ばあちゃんの無実の罪を晴らせるんじゃないかって、思った」
浩太の言葉に、朝陽は大きくうなずいた。
「それ、いい! うん、浩太、それいいよ! 浩太が弁護士かぁ……」
もう決まったことのように言う。
「ちょ、ちょっと待てって。なんかふっと思っただけで、実際には……それに、そんな簡単になれるもんじゃないだろ。朝陽だってさっき、難しいって言ったばかりじゃん」
「そりゃ難しいけどさ、今から本気で勉強すれば全然間に合うって! 俺たちまだ十六歳だぜ? 余裕だろ!それに浩太、勉強できるし」
「余裕って……他人事だと思って、簡単に言うなよ」
「簡単だとは思ってない。でも、浩太なら大丈夫だよ」
その根拠は一体どこにあるんだ、と浩太は思った。
「そうだ、おばあちゃんの話が出たついでに……前から気になっていたことがあるんだ」
「気になっていたことって?」
「おまえ、前に“犯人だと疑っている女がいる”って言ってただろ。お母さんの友達だ
たって人」
「あ、うん」
「その女って、娘がいたんだよな。浩太んちの養女になるかもって話だった」
「うん、結局ならなかったけどね。今はどこかの家に養女として貰われたって聞いたよ「その子って、母親から何か聞いてないのかな」
「何かって、何? 彼女の母親が俺の母さんを殺したかどうかってこと?」
「まあ、そんなようなことだよ」
「まさか。言うわけないって、そんな不用意なこと。第一、あの事件が起きたとき、あの子はまだ四、五歳くらいだったし」
「だからさ。幼いからわからないと思って、何かポロッと漏らしてるかもしれないだろ。家に来たときに、そういう話、聞かなかったの?」
「聞いてないよ。そんな発想、全然なかったし。ってか『お前の母親が俺の母さん殺したって言ってなかった?』なんて聞けるわけないだろ。第一、もし何か聞いてたとしても、覚えてないだろうし」
「そうかなあ。案外、その子自身は気づいていないようなことでも、手がかりになるような言葉を残してたかもしれないじゃないか。事件のあとも、ずっとその母親と一緒に暮らしてたんだし」
そう言われても、何も聞いていないし、そんな発想すらなかった。でも、言われてみれば――無くもないような気がしてくる。
「でも、あの子が来たときは、そんなこと何も思わなかったし。せめて、あの子がうちにいたときに言ってくれよ。今さら……」
「ごめん。俺も、後になってから思ったんだ。でも、そう思い始めたら、ますます気になっちゃって。……ねえ、今からそれ、聞きに行くって無理かな」
「無理だよ。あの子がどこに貰われていったかなんて、俺知らないし」
「そうか……」
そんなことを言われると、今度は浩太のほうが気になって仕方がない。依智伽が何か手がかりを握っているかもしれない――どうして今まで、そんな発想が出てこなかったのだろう。彼女は、あの梗子の娘なのに。
夕飯時、浩太は父親に依智伽のことを尋ねてみた。
「父さん。依智伽ちゃんって、どこに貰われていったか知ってる?」
「さあ、それは聞いてないなあ。……というか、そういうことって、基本的に他人には話さないものじゃないか」
「そう……だよね」
「なんで? 今ごろそんなこと、気にしてるの?」
横から舞奈が口を挟んできた。
「別に、気にしてるわけじゃないけど、ちょっと気になっただけだよ」
「ふーん……」
「園長の話では、子どものいないご夫婦で、けっこうな資産家の家らしい。きっとうちに来るより、ずっといい暮らしをさせてもらってると思うよ」
父は、まるで自分に言い聞かせるようにそう言った。――やはり、ずっと気にしていたのだろう。
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