錯綜1-5-②:結局、何が聞きたかったんだ?
少し赤くなっている浩太を見て瑞希はニヤニヤしている。
「まあ、それは冗談だけど。杏奈は見ての通り、とても繊細で敏感な子なの」
「はあ……」
やっぱりからかわれていたのか、と浩太は思う。
「人の心の機微に、すぐ反応しちゃうの。誰かが抱えている悲しみや怒り――そういった感情に、自然とシンクロしちゃうようなところがあるのよ。……“見え隠れする心の闇”っていうのかしら。そういうものを、感じ取ってしまう」
よく意味が分からず、浩太は首を傾げる。
「……心の闇、ですか」
「初めて上條君を見たとき、何か“暗い影”みたいなものが見えたって言ってた」
「……暗い影……?」
思い当たる事がないわけではない。でも杏奈とまともに会話らしい会話もしたことも無い。なのに、何故?という思いの方が沸き上がる。何も知らない他人に、そんなことが分かるはずがない。――もしかして、彼女は母のことを知っているのだろうか。和のように。
「でもまあ、上條くんの方はあの木島くん?と一緒にいるときは全然そんなふうじゃないから、大丈夫だと思うけどって……」
瑞樹はたしかに「上條くんの方は」と言った。
「……あの、他にも? そんな感じがする人がいるんですか?」
「あなたのクラスの副委員長の子。深見さんって言ったかしら」
「深見さんが、何か……?」
「怖いって」
「怖い?」
「杏奈がそう言うの。……彼女って、何かある?」
「何かって言われても……」
「大丈夫、誰にも言わないわ。ただ……少し気になったの」
「深見さんも、ご両親はいなくて叔母さんのところにいるって言ってましたけど……そういうのって関係あります?」
「そうなの……?」
瑞樹の顔に、さっきよりもさらに深い影が落ちる。
「その叔母さんのところで……何かあるって言ってない?」
「……何かって、特には……」
「ご両親が亡くなった理由、知ってる?」
「それは……でも、お父さんはどこかで生きてるかもって。お母さんが亡くなるずっと前に離婚してたようなので……」
何だか尋問されているようだ、と感じながらも瑞樹の圧に負けてつい答えている自分がいた。瑞樹はいったい何がそんなの気になるのだろう。
「ああ、そうなんだね。でもね、あの子は杏奈じゃなくても、私が見ても、どこか怖いところがあるように思えるの」
「怖いって?」
「うーん。言葉じゃうまく説明できないけど、それが何なのかも分からない……でも、あの子には見え隠れしているのよ。重い何かを背負ってるのかしらね。――私たちと同じように……」
そう言いながら、瑞樹は遠くを見るような目をした。
「深見さんには、親しい友達っているの?」
「彼女はみんなに頼られる存在ですけど、少し……周りとは一線を引いているようなところがあります」
「そう……それ、危ないね。私たちは、三人でいることで、保ってるいるけど」
「保ってるって……?」
「うまく言えないけど。でも、傍に誰かがいるって、大事なことなのよ」
その言葉に、浩太の脳裏に朝陽の顔が浮かんだ。瑞樹の言わんとしていることが、なんとなく分かるようで――やっぱり分からない。
「人間って脆いから……上條くん、深見さんの力になってあげてね」
瑞樹は最後にそう言った。
――結局、彼女は何を伝えたかったのだろう。はっきりとは分からなかった。でも、奇妙な感覚があった。あの三人、瑞樹、杏奈、真理子の実の両親が皆、亡くなっているという事実。その符合。まるで、会うべくして会ったかのようだと、彼女は言っていた。あの三人が放つ、独特なオーラのようなもの。それと関係があるのだろうか。――「保っている」とは、どういう意味なのか。やっぱり全然分からない。頭に残ったのはハテナマークだけだ。
浩太はこれまで、具体的に将来のことなど考えたことがなかった。将来何になりたいか、そんな事を考える余裕もなかった。浩太の心を占めていたのは、いつか祖母の冤罪を晴らすこと、そして、母を殺した真犯人を突き止めること。ただ、その真犯人かもしれないと疑っていた梗子は、もうこの世にいない。犯人が死んでいても、その罪を立証することはできるのだろうか――。
瑞樹は弁護士になると言っていた。彼女が弁護士を目指すのには、何か特別な理由があるのかもしれない。朝陽はどうだろう。彼は、自分の将来をどう考えているのか。
(弁護士か……)
弁護士になって祖母の冤罪を晴らす――そう言うのって可能なのだろうか。そんなことをふと思った。
三学期に入り、浩太は街で瑞樹と偶然出会い、一緒にファミレスに入った。その話を、後日朝陽に話すと――
「マジで?藍田たの?」
「うん」
「なんでお前なんだ……いや、なんで俺を呼んでくれなかったんだよ!」
「呼ぶって……わざわざ?」
「そうだよ。電話の一本くれれば!」
「だって、俺、携帯持ってないし……いや、持っててもそんなの変だろ」
「ああ……俺ってほんと、ついてねぇ……!」
そう言って朝陽は、両手で顔を覆った。その大げさな仕草が、なんだか可笑しい。
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