錯綜1-5-①:瑞樹との不思議な会話
五.
正月も過ぎ、間もなく三学期が始まろうとしていた。浩太は祖父に頼まれて、近くの店まで買い物に出ていた。用事を済ませ、帰路につこうとしたその時、前方から見知った顔が歩いてくるのが見えた。「あっ」と浩太が思った瞬間、相手もこちらに気づいたらしく、声をかけてきた。
「上條君、だったよね?」
「はい」
三年生の藍田瑞樹だった。浩太は、思わず周囲に目を走らせる。いつもの二人――譲原真理子と柏木杏奈――が近くにいるのではないかと思ったのだ。しかし、今日はどうやら一人のようだった。
「何?」
浩太の視線に気づいたのか、瑞樹が小首をかしげる。
「あ、いえ……今日は一人なんですね」
「ええ。って、誰と一緒だと思ったの?」
「あ、いつも譲原先輩と柏木先輩と一緒にいらっしゃるから……」
「そんな、四六時中一緒にいるわけじゃないわよ。今はみんな受験の追い込みだからね。……まあ、真理子なんて今さら勉強しなくても平気なタイプだけど」
「三年生になると、皆さんもう将来のこと決めてるんですか?」
「どうかしら。全員がそうってわけでもないと思う。ただ、なんとなく大学へって子もいるし」
「藍田先輩は?」
「私は――って、ここで立ち話もなんだし、どこかでお茶でもしない? 急いでる?」
「あ、いえ。もう買い物も済ませたので……あとは帰るだけです」
「良かった。ちょうど喉が渇いてたの。あっちにファミレスがあるから、そこ行こ」
「はい」
瑞樹が歩き出し、浩太は少し戸惑いながらもその後に続いた。こんな展開になるとは思ってもいなかった。朝陽が聞いたら、きっと羨ましがるに違いない。店内は比較的空いていて、二人は窓際の席に通され、ドリンクバーを頼んだ。
「良かった、ちょうど良いタイミングで会えた。卒業までに、話してたいなあって思ってたんだ」
「そうなんですか?」
なぜ瑞樹が自分と話したいのか、浩太には見当もつかなかった。
「ところで、さっき何の話してたっけ?」
「あ、将来のことです」
「あ、そうそう。私はね、将来弁護士になるつもり」
「弁護士ですか……?」
単純に、すごいと思った。
「じゃあ、法学部に?」
「そのつもり。国立狙ってるの。高校出たら一人暮らしも始める予定だし、できるだけお金のかからないところが良いのよ。……まあ、両親が残してくれたお金もあるんだけど」
「残してくれたって……間先輩にはご両親、いらっしゃらないんですか? じゃあ、今は……」
浩太には、瑞樹が両親を亡くしているようには見えなかった。
「今は、叔母の家に居候してるの」
その瞬間、瑞樹の表情に微かな翳りがさしたように見えた。
「そうなんですか……」
和と同じだ――浩太はふと、そんなことを思った。
「私だけじゃないよ。真理子も杏奈も」
「えっ?」
「真理子はおじい様たちと暮らしてるし」
(おじい様……)
確かに譲原先輩の家はお金持でいい家だとは聞いた事がある。でも実際にそんな風に祖父母を様付けで呼ぶ人間を初めて見た気がする。とはいえ、譲原真理子は「お嬢様」という雰囲気をものすごく漂わせている女性ではある。
「ん?あ、おじい様、に違和感あった?真理子がいつもそう呼ぶから私達も移っちゃって。でも本当に『おじい様』って言うのがしっくりくるおじいちゃんなんだ」
「あ、へ、へえ~そうなんですね」
と、言われても全然ピンとこないが。
「で、杏奈は養女で杏奈は養父母と。環境はそれぞれ違うけど、みんな実の親とはもう会えない。そういう境遇が、私たちを引き寄せたのかもしれないわね。……時々、前世から出会う運命だったんじゃないかって感じるの」
それは、浩太が和と出会ったことにも当てはまるのだろうか――ふと、そんな思いがよぎる。
「あの……さっき“話したいことがある”って言われましたけど?」
まさか自分たちの境遇の話を下級生の降誕話すはずもない。本当は何を話すつもりなのか。
「ああ、それ。ねえ、上條君って、何かある?」
「え? 何かって?」
「杏奈がね、上條君を見てると“ドキッとする”んですって」
「……?」
「あ、変な意味じゃないよ。いや、やっぱり、変な意味かも?」
全然、分からない。浩太はクビを傾げる。
「私達も『さては恋でもしてるの?』って、冷やかしたんだけどね。“年下だからって気にしなくていいのに”って」
(え~~~っ?!)
思いもよらない言葉にちょっと焦ってしまった。
「ま、まさか……」
「もし本当だったら、どうする?」
瑞樹の目が、どこかいたずらっぽく光る。
「ど、どうするって……」
考えたこともない、と言うか考えも及ばないことだ。杏奈は男子に人気がある。あの控えめで優しい雰囲気に、誰もが好感を持つ。浩太も実際にその微笑みに、ドキッとした事はある。だからって、自分が相手になるなど想像もできない。そういう思いもない。だいたい、瑞樹も、杏奈も、真理子も――下級生にとっては、手の届かない「高嶺の花」だ。現実的な相手ではない。
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