陰影2-4-①:影を見せない少女
四.
「それで、どうだったの?」
店に入ってくるなり、鳴海の向かいに腰を下ろした桃香は、前置きもなく切り出した。
「どうって?」
「会ってきたのでしょう。島崎さんの娘さんに」
「ええ、会ってきたわ」
「どんな子だった?」
「普通の女の子よ。明るくて、ごく一般的な高校生」
「普通?それに、明るい?」
鳴海の答えを聞き返し、桃香は少し眉を寄せる。
「ええ」
その返答に、桃香は、しばらく考え込むように視線を落とした。
「……そういうものなのかしら」
「さあ」
短く答えながら、鳴海もまた同じ疑問を抱いていた。先日会った紫園寧々は、鳴海が心のどこかで想像していた姿とは、あまりにも違っていたからだ。幼かったとはいえ、当時の彼女はすでに小学校一年生だった。
自分の目で見た出来事、それも母親と妹の無惨な姿を目撃するという経験を、忘れ去ることなどできるはずがない。トラウマになっていてもおかしくない。その記憶は必ず心の奥に深い傷として刻まれているはずだ。それなのに、寧々からはそうした影が殆ど感じられなかった。
事件のことを知らない相手なら、あえて明るく振る舞っている可能性もある。だが、鳴海はそうではない。それを寧々自身も理解していたはずだ。それでも、彼女は感情を揺らがせることなく、淡々としていた。自分を守る術を身に着けている、そんな印象を受けた。
「アメリカに長くいたからかしら。日本的な感覚と、少しずれてしまっているとか?」
「それも多少の影響はあると思うけど……でも、そのせいで事件を忘れるなんてことはないでしょう。あれは、相当に衝撃的な出来事だったから」
「そうよね。で、あなたはどう感じたの?医者として見て」
「……難しいわね」
鳴海は少し間を置いてから答えた。
「事件のことは聞いたのでしょう?」
「ええ。ただ、あまり話したくはなさそうだったわ」
「当然でしょうね。それで、何て言っていたの?何か覚えている様子は?」
桃香の問いに、鳴海はゆっくりと首を振った。寧々は事件について徹底して否定していた。何も見ていない、何も覚えていない。その一点張りだった。
「事件がまだ解決していないことに、焦りや苛立ちは感じなかった?」
「ええ、それもなかった」
「なかった?自分の母親と妹が殺されているのよ。犯人が早く捕まってほしいと思うのは、自然な感情でしょう」
「私もそう思っていたのだけれど……ただ、彼女はこう言ったの。忘れたいって」
「忘れたい……?」
「裏を返せば、忘れられないということなのだとは思う。でもね、」
「でも?」
「何かが違っていたの」
「違っていたって、どういうこと?」
「単に事件を忘れたい、という言葉だけでは説明できない感覚だった。もっと別の何かを、無理に押し込めているような……」
「はっきりしないわね。頼りない」
「仕方ないでしょう。あの子は患者じゃないのよ。心の奥に踏み込むようなことを、見ず知らずの人間が簡単にできるわけがないわ。時間が必要なの」
「それは分かるけど……具体的には何て言っていたの?事件について」
「事件について具体的に触れたわけじゃない。ただ亡くなった人は戻らない。たとえ事件が解決しても、現実は変えられない。だから、過去よりも未来を見るべきなんじゃないかって、逆に意見されたわ」
「……随分、達観した言い方ね」
「ええ。年齢を考えると、なおさらね」
「最近の高校生って、そういうものなのかしら。にしても精神科医のあなたに意見とはね」
桃香は肩を竦める。
「一概には言えないけど、他人の出来事なら、ああいう態度もあり得るかもしれない」
鳴海はそう前置きしてから、少し言葉を選ぶように続けた。
「ただ、自分の身内のことよ。しかも、その場に居合わせている。それなのにあの冷静さ、というか関わりたくない、みたいな態度は……正直、不自然に感じたわ」
「そうよね。自分の家族が殺されたりしたら、そんな簡単に過去の事だって割り切れるものじゃないわよね。まして、まだ十七歳でしょう?もっと感情的になる方が自然よね」
桃香は一度言葉を切り、記憶を辿るように続ける。
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