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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第三章 陰影(いんえい)

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陰影2-4-①:影を見せない少女

    四.


「それで、どうだったの?」


店に入ってくるなり、鳴海の向かいに腰を下ろした桃香は、前置きもなく切り出した。


「どうって?」

「会ってきたのでしょう。島崎さんの娘さんに」

「ええ、会ってきたわ」

「どんな子だった?」

「普通の女の子よ。明るくて、ごく一般的な高校生」

「普通?それに、明るい?」


鳴海の答えを聞き返し、桃香は少し眉を寄せる。


「ええ」


その返答に、桃香は、しばらく考え込むように視線を落とした。


「……そういうものなのかしら」

「さあ」


短く答えながら、鳴海もまた同じ疑問を抱いていた。先日会った紫園寧々は、鳴海が心のどこかで想像していた姿とは、あまりにも違っていたからだ。幼かったとはいえ、当時の彼女はすでに小学校一年生だった。


 自分の目で見た出来事、それも母親と妹の無惨な姿を目撃するという経験を、忘れ去ることなどできるはずがない。トラウマになっていてもおかしくない。その記憶は必ず心の奥に深い傷として刻まれているはずだ。それなのに、寧々からはそうした影が殆ど感じられなかった。


 事件のことを知らない相手なら、あえて明るく振る舞っている可能性もある。だが、鳴海はそうではない。それを寧々自身も理解していたはずだ。それでも、彼女は感情を揺らがせることなく、淡々としていた。自分を守る術を身に着けている、そんな印象を受けた。


「アメリカに長くいたからかしら。日本的な感覚と、少しずれてしまっているとか?」

「それも多少の影響はあると思うけど……でも、そのせいで事件を忘れるなんてことはないでしょう。あれは、相当に衝撃的な出来事だったから」

「そうよね。で、あなたはどう感じたの?医者として見て」

「……難しいわね」


鳴海は少し間を置いてから答えた。


「事件のことは聞いたのでしょう?」

「ええ。ただ、あまり話したくはなさそうだったわ」

「当然でしょうね。それで、何て言っていたの?何か覚えている様子は?」


桃香の問いに、鳴海はゆっくりと首を振った。寧々は事件について徹底して否定していた。何も見ていない、何も覚えていない。その一点張りだった。


「事件がまだ解決していないことに、焦りや苛立ちは感じなかった?」

「ええ、それもなかった」

「なかった?自分の母親と妹が殺されているのよ。犯人が早く捕まってほしいと思うのは、自然な感情でしょう」

「私もそう思っていたのだけれど……ただ、彼女はこう言ったの。忘れたいって」

「忘れたい……?」

「裏を返せば、忘れられないということなのだとは思う。でもね、」

「でも?」

「何かが違っていたの」

「違っていたって、どういうこと?」

「単に事件を忘れたい、という言葉だけでは説明できない感覚だった。もっと別の何かを、無理に押し込めているような……」

「はっきりしないわね。頼りない」

「仕方ないでしょう。あの子は患者じゃないのよ。心の奥に踏み込むようなことを、見ず知らずの人間が簡単にできるわけがないわ。時間が必要なの」

「それは分かるけど……具体的には何て言っていたの?事件について」

「事件について具体的に触れたわけじゃない。ただ亡くなった人は戻らない。たとえ事件が解決しても、現実は変えられない。だから、過去よりも未来を見るべきなんじゃないかって、逆に意見されたわ」

「……随分、達観した言い方ね」

「ええ。年齢を考えると、なおさらね」

「最近の高校生って、そういうものなのかしら。にしても精神科医のあなたに意見とはね」


桃香は肩を竦める。


「一概には言えないけど、他人の出来事なら、ああいう態度もあり得るかもしれない」


鳴海はそう前置きしてから、少し言葉を選ぶように続けた。


「ただ、自分の身内のことよ。しかも、その場に居合わせている。それなのにあの冷静さ、というか関わりたくない、みたいな態度は……正直、不自然に感じたわ」

「そうよね。自分の家族が殺されたりしたら、そんな簡単に過去の事だって割り切れるものじゃないわよね。まして、まだ十七歳でしょう?もっと感情的になる方が自然よね」


桃香は一度言葉を切り、記憶を辿るように続ける。

お読みいただきありがとうございます。

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