陰影2-3-⑥:ざわつく再開
「実は私も知っている子に似ていたような気がしてるんだ」
「へえ、そうなんだ。そんな偶然もあるんだ」
朝陽が軽く相槌を打つ。
「浩太の知っている子の名前は何?」
寧々に促され、浩太は一瞬言葉を選ぶように視線を伏せてから口を開いた。
「……依智伽。三芳依智伽……ちゃん」
「あ、それなら違うよ」
寧々はすぐに首を横に振った。
「私が知ってる子は、谷原花音ちゃんっていう子だから」
「まあ、あの年頃の女の子なんて、雰囲気が似ていることも多いしね」
朝陽のその一言に、全員が曖昧に頷いた。
「和は、その子といつ会ったの?」
不意に話題を振られ、和は少し言葉に詰まる。
「あ……えっと……去年」
あの日のことは、できれば思い出したくない。
「でも、あんまりよく覚えていないの。チラッとあっただけだったし……落とし物拾ってもらっただけだから……。今もすぐには分からなかったし」
自分でも妙に弁解がましいことを言ってると思う。隠したいことがあると雄弁になるというのはどうやら本当みたいだ。
「ふうん。まあいいか。ほら、もうすぐ電車来るよ。行こう」
寧々は何か言いたげだったか、それ以上は聞かず改札へ向かい、皆もそれに続いた。
和は改札をくぐる直前、そっと振り返る。女の子が入っていった塾の入る建物が、駅前に静かに佇んでいた。不思議な子だ。初めて会った時も、確かそんな印象を抱いた。また会うことがあるだろうか。きっとある。しかも、そう遠くないうちに。何故か分からないがそんな気がする。
そして和が次にその子に会ったのは、夏休みに入ってからだった。叔父の誕生日祝いのため、叔母に頼まれてデパートへケーキを買いに行った日だ。人で賑わうフロアで、不意に聞き覚えのある声を掛けられ、和は思わず足を止めた。
「やっぱり、お姉さんだ」
振り向くと、あの女の子が母親らしき女性と並んで立っていた。
「今日は制服じゃないから、雰囲気が違ってて……人違いだったらどうしようって思ったんだけど」
「あ、えっと……こんにちは」
名前を呼ぼうにも知らないから呼べないもどかしさを隠しながら、和は軽く会釈をする。女の子は前と同じ笑顔を浮かべながら言葉を続ける。
「こんなところで会うなんて、すごい偶然だね!」
「本当ね」
そう答えながら、和は内心で少しだけ鼓動が早くなっているのを感じていた。
「どなたなの?」
一緒にいる女性が女の子に尋ねる。
「あ、えっとね。私の行っている塾の前の駅で、時々会うお姉さん」
「あら、そうなの」
女性は穏やかに微笑んだ。
「こんにちは」
和は改めて、その女性に向かって丁寧に頭を下げた。
「こんにちは。この子の母です」
やはりそうか、と頷いたがあまり似ていないな、とも思った。
「あの駅の近くに住んでいらっしゃるの?」
女の子の母親が、柔らかな声で和に話しかけてきた。
「あ、いえ。あの駅は通学路なんです」
「あら、それじゃあ、もしかして明星学園の?」
「はい、そうです」
母親はぱっと表情を明るくした。
「この子は明星学園に憧れているのよ。ね?」
「うん。だって制服、格好良いもん」
そう言って屈託なく笑う女の子と、それを微笑ましく見つめる母親。和の目には、とても仲の良い親子に映る。
「ああ、そう言えばこの前も同じこと言っていたね」
「でも、まだ決めたわけじゃないんだ」
そう答えて、女の子はニッと笑った。さっきとはまた違う笑み。何だかこの子が幾つも顔を持っているように見える。今の表情は年齢にそぐわないほど落ち着いていて、とても大人びて見えた。そして和は、その笑顔をどこかで見たことがあるような感覚に囚われる。
はっきりとした記憶ではない。ただ、胸の奥がざわつくような、説明のつかない違和感があった。その瞬間、理由も分からないまま、嫌な感覚が背筋をなぞった。
「じゃ、また」
母親は和に軽く会釈すると、女の子の手を取って歩き出す。
「お姉さん、またね」
女の子は振り返り、にこやかに手を振った。そのまま親子は人混みの中へ溶けていく。
(あ……)
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