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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第三章 陰影(いんえい)

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陰影2-3-③:消せない因縁、広がる不安

 今、どこかで父とすれ違っても、きっと気付かない。父の顔など殆ど覚えていない。離婚した時、母は父の写った写真をすべて捨ててしまった。それと一緒に記憶の中の父の顔も、少しずつ薄れていった。両親が離婚してから、もう十年近くが経つ。この十年、和は父と一度も会っていない。父も、会いに来なかった。傷害罪の刑期は、とっくに終えているはずだ。それでも、父は和の前に姿を現さなかった。


 父にとっても、和の存在など、もう無いのと同じなのだろう。子供の頃、和は母の言葉を、ただ何となく聞いていただけだった。父は母と和を裏切り、捨てた上に悪いことをした犯罪者だ、と。


 そんな風に、母から刷り込まれていた。そして、それを疑いもせず信じていた。今も、あの時の母の言葉を、全て鵜呑みにしているわけではない。


 それでも、母の気持ちは分かる気がする。父は浮気をし、その女を追いかけ、挙げ句の果てに怪我を負わせ、傷害罪で捕まった。とても愚かな行為だ。だから、そんな父に同情の念が湧くことはない。今どこで、どう生きているのか。気にしたこともない。ただ、母もまた、愚かで弱い人間だったと思う。ろくでもない男を引き入れ、和は消えることのない傷を背負った。そして母は最後には首を吊った。


 あんな風にはなりたくない。和はそう思っている。和は今も母のせいで、という思いを完全には拭い去ることが出来ずにいた。でも、それも結局は父が招いた結果なのではないか、そう思わなくもない。そう考えていくと、父も母も、和にとっては災いの元でしかなかったのだと思えてしまう。


 そして、その全ての始まりは、父を誘惑したあの女だった。和はその女と子供の時に一度だけ顔を合わせたことがある。だが、その顔は全く記憶に残っていない。ただ、あの場で父が言い捨てられた言葉だけが、断片的に胸の奥に残っている。


 女は父をそれほど好きだったわけではなかった。彼女にとっては、ただの遊び、あるいはゲームのようなものだったのだ。その軽い気持ちによって一つの家庭が崩壊し、和の人生も大きく変わることになった。結局、この起こりは何もかもあの女のせいだと思える時もある。


 しかし、その憎しみを向ける相手がどこの誰なのかも分からない。今さら知りたいとも思わないし、知ったところで何が変わるわけでもない。起こってしまった事実は、決して消えないのだ。もし昔に戻れたら、何も知らなかった父と母がいた頃の、幼い自分に戻れたら。だが、そんなことは願うだけ時間の浪費にしかならないことは和自身が一番よく分かっている。


 だから願ったりもしない。それでも時折、冷たい風が胸の中を吹き抜ける。この世に、本当に分かり合える人間など一人もいないのではないか、そんな考えが頭をよぎることがある。


 浩太の家と寧々の家を訪れた来訪者は、和とは直接関係のない人物のはずた。それなのに、どうしてこんなにも気になるのだろう。二人とも、それぞれの過去に繋がる人物のように思えてしまうからかもしれない。


 和の胸の奥に、言葉に出来ない嫌な予感が広がっていく。まるで次は自分のところに、誰かがやって来るのではないか、歓迎されざる客が現れるのではないか、そんな気配を感じてしまう。そんな人間は、もういないはずだ。あの男は死んだ。和を脅かす存在は、もうこの世にはいない。


 それなのに、誰かがやって来る気がしてならない。誰にも知られたくない過去からの訪問者が、いつか現れるのではないか。この思いを完全に消し去ることが出来る日は、本当に来るのだろうか。


 それから、浩太の家にその検事が再び来たという話は聞かなかった。もしかしたら実際には来ていたのかもしれないが、話題に上ることもなかったので、和から敢えて聞くことはしなかった。


 寧々の方も同じだった。寧々の場合、もし再び誰かが来ていたのなら、何かしら口にしそうな気がした。何も言わないということは、来ていないのだろう。そう思うと、理由もなく胸が軽くなり、和は自分でも驚くほどほっとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

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