陰影2-3-②:消えてほしい過去、語られない家族の記憶
岳は、昨年殺されている。犯人は、今も捕まっていない。浩太はその件について何かを知っているのだろうか。否、さすがにそれはあり得ない。浩太の母の事件と岳が結びつくことはない。
でも浩太は、あれほど重い過去を背負っているというのに、今の彼からは、強い暗さを感じない。憎しみを抱えているようにも見えなかった。それは、被害者も加害者も身内だったという、あまりにも特殊な環境にいたせいなのだろうか。
和は、答えの出ない問いを胸に残したまま、静かに部屋の灯りを点けた。
岳を殺した犯人が誰なのか。気にならないと言えば、それは嘘になる。だが和は、その犯人が一生捕まらなくてもいいとさえ思っていた。岳がこの世から消えてくれた。その事実に、どれほど安堵したか分からない。これで、自分の過去を知る人間は、もう誰もこの世にいなくなった。
浩太の家を訪ねてきたのが検事だと聞いた瞬間、胸がドキッとした。別に、和が何か悪いことをしたわけではない。岳の死に関わったわけでもない。それなのに、理由の分からない不安が、胸の奥でざわついた。もし、その犯人が岳から何かを聞いていたら。もし、岳が和のことを話していたら。そんな想像をしてしまって、不安が込み上げる。
あのことは、浩太には絶対に知られたくない。いいえ、それ以外の誰にも、知られてはいけない。寧々にも来訪者があった。今日の話を繋ぎ合わせて考えると、浩太の家を訪れた人物と、昨日、寧々を訪ねてきた人物は、どこかで繋がっているのだろうと思えた。寧々のもとを訪ねてきた女性とは、和も一度顔を合わせている。
突然声を掛けられた時、寧々も相手を知らない様子だったので、和は思わず身構えた。だが相手はすぐに、寧々の母親の友人だと名乗った。それを聞いて、和は先に帰った。
そういえば、和は寧々の家族の話を、ほとんど聞いたことがない。妹がいた、という話は聞いた。母親も妹も二人とも、早くに亡くなったとも。寧々は最初、「妹を殺した」などと言っていた。勿論、冗談のような口調だった。でもその目は笑っていなかった。ただの冗談とも思えない響きが、その言葉には含まれていた。
確か、「自分のせいで妹は死んだ」そんなことも言っていた気がする。事故だったのだろうか。それとも、別の何かがあったのだろうか。詳しくは聞けなかった。
ただ、寧々自身が何かしら関わっていた、そう受け取れる言い方ではあった。父親とも、あまり会話がないようなことを言っていた。それもきっと、妹の死と無関係ではないのだろう。寧々もまた、人には言えない何かを抱えている。寧々が自分の家族のことを語ったのは、あの時だけだった。家族との縁が薄い。その点では、和と似ているのかもしれない。ふとそんなことを思った。
昨日の来訪者は、寧々にどんな用事があったのだろう。亡くなった友人の娘に、ただ会いたかっただけなのだろうか。それとも、今になって訪ねてこなければならない理由が、何かあったのだろうか。和とは何も関係のないことのはずなのに、いつの間にかこうやって色々考えてしまう。和の家に、そんな訪問者が来るとは思えないのに。
もし誰かがやってきて「あなたの秘密を知ってるのよ」そう囁かれたらどうしよう、という思いが拭っても拭っても溢れてきてしまう。
そもそも、母にそれほど親しい友人がいたのかどうかも、和は知らなかった。考えてみれば、母の若い頃の話など、殆ど聞いたことがない。叔母に尋ねたこともなかった。興味を持ったことすらなかった。幼い頃、母はどこにでもいる普通の母親だった。でも父と離婚してから、母は変わった。
山下岳という男と関わってからは、母はもう「母親」ではなく、一人の「女」だった。和は、そんな母に嫌悪感さえ抱いていた。もし、父と離婚していなければ。母は、あんな風にはならなかったのだろうか。父と母は、特別仲が良い夫婦ではなかったが、仲が悪かった、というわけでもない。
父の不倫が発覚するまでは特に喧嘩をすることもなかった。ありきたりの夫婦だったはずだ。正直、もうはっきりとは思い出せないが。
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