錯綜1-4-⑨:あの男の正体
「それはそうと、浩太。深見さんがいたそのサッカーチームのコーチの顔、覚えてるか?」
朝陽にそう言われ、浩太は記憶をたどる。何度か見たはずなのに、はっきりとした輪郭は浮かばない。ぼんやりとした印象だけが残っている。
「大谷が、当時の写メをまだ携帯に残してるって言うから、俺のに送ってもらったんだ。……見たら、ちょっと気になってさ。これなんだけど――見てみて」
そう言って、朝陽は机の上にあったスマホを持って、浩太に差し出す。画面を覗き込んだ瞬間、浩太の記憶が鮮やかに引き戻される。心の中でさすがスマホ、画面が大きい、なんて少し思っている。浩太の周りでスマホを持っているのは朝陽だけだ。昨年、新しく出た携帯だが、まだまだガラケーが主流。浩太はそのガラケーさえ持ってない。しかも学校は携帯持ち込み禁止だから、普段から見ることもない。
「ああ、そうだ。こんな顔だったな」
色黒で、精悍な顔つき。筋肉質な体つきも想像できる、いかにもスポーツマンという印象だ。
「これ……誰かに似てないか?」
朝陽の一言に、浩太は再び画面を見つめる。
「誰かって……」
言いかけて、数日前に和に絡んでいた男の顔が脳裏に浮かんだ。写メの中の男と比べると、ずいぶん窶れてはいるが、何となく似ているように見える。ただ写真の男とこの間の男ではかなり年齢が違うと思う。サッカーをしてい頃から五、六年経ってはいるが、十歳以上は上に見えるし、何より表情が荒んでいた。
「……な、似てるだろ?」
朝陽の声に、浩太は黙って頷いた。印象は違う。それでもやはり、似ているように思う。何より、こんな風に尋ねるということは浩太だけでなく、朝陽もそう思ったということだ。
「でも、これが本当に同一人物だとしたら……どういうことなんだ?」
「だってさ、深見さんは“知らない男に突然絡まれた”って言ってたけど、それが嘘ってことになる。相手は、自分が所属してたチームのコーチだぜ?知らないわけない」
「……いや、言いたいことは分かる。でも……だったら、あの男が殺されたって、どういう意味になる?しかも、深見さんと一緒にいた“翌日”に、だぞ。これって何科関係あるのか?」
「それは……俺にも分からない」
朝陽は首を横に振った。
「深見さん聞いたって、どうせ何も答えちゃくれないだろうしな」
「だろうな……」
知り合い、ということ自体否定していたのだ。しかも相手は殺人事件の被害者となってしまった。まさか和が事件に関係しているとは思わないが、殺される前日にあの男と揉めていたなんて、気にするなって方が無理だ。
「それに、仮にあの男が元コーチだったとしても……俺たちに直接関係あるわけじゃない」し…
「確かに……でもなあ、こうなると深見さん、ますますミステリアスだな」
「“ミステリアス”っていうか……なんかなあ」
どこか喉に引っかかったような、消化不良な感じ。浩太はそんな感覚に包まれる。
「ていうかさ、俺たち、最近ずっと深見さんの話ばっかしてないか?」
「……言われてみれば、そうだな」
朝陽に言われて、浩太も思わず苦笑した。
「俺からふったけど、もっと別の話しようぜ。俺らがここで何を考えたって、何も変わらないんだから。……って言いながら、またこうして話してるんだけどさ。ああーもう、なんかモヤモヤする!」
朝陽の言う通りだ。何も変わらない――それでも、気になってしまう、。モヤモヤ、してしまうのだ。
「……人が殺されて、」
そう言いかけた朝陽は、ふと口をつぐむ。
「……とにかくさ、もっと楽しい話題にしよう。せっかくの冬休みなんだし」
そう言って微笑む朝陽に、浩太は気を遣わせてしまったことを感じ、少しだけ申し訳なく思った。だが、それには触れず話題を変える。「気にするな」と言う方が気にするというものだ。
「朝陽は、冬休みの予定あるの?」
「うーん、特にはないけど……初詣は浩太と行くし、ゲームも浩太とするし、あと、浩太と――」
「お、おい! 俺とばっかり遊ぶ必要ないだろ。他にも友達いるじゃん」
実際、朝陽はクラスでも人気者で、誰とでも仲がいい。社交的で、ムードメーカー。浩太とは正反対だ。
「冗談だよ。こんなこと学校の連中が聞いたら、変な関係に思われるじゃん。女子の中じゃBL漫画に嵌まってる奴もいるし」
「だ、だよな……」
「でも俺は浩太といるのが楽しんだけどな!」
朝陽の言葉には時折、冗談と本気の境界が曖昧な時がある。でも不思議と、気が合う。育った環境はまるで違うはずなのに。
ただ、もし、母が生きていたら――それほど変わらなかったかもしれない、そう思うこともある。ある日突然、母が殺され、祖母が犯人にされ、祖父は母の遺体を山に捨てた。どうしようもない現実。変えたくても変えられない。
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