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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
3/159

錯綜1-2-①:“紳士淑女”という言葉に込められた意味

     二.


 上條浩太(かみじょうこうた)、十六歳。現在高校一年生で、祖父・父・中学一年の妹との四人暮らしである。人にはあまり話したくない過去を抱えている。


「浩太、何ボーっとしてるんだよ」


休み時間、机に座ってただぼんやりと校庭を見つめていた。昨夜、父親から聞かされた話が頭の中を占めていたのだ。


「お、誰か気になる子でもできたか? 浩太もやっと女嫌い卒業か?」


そう言って木島朝陽(きじまあさひ)が校庭を覗き込みながら声をかけてきた。彼は中学に上がってからできた友人で、浩太の誰にも知られたくない過去を知る数少ない一人でもある。


「そんなんじゃないよ」


高校への進学にあたって、特に希望がなかった浩太は、朝陽の勧めで一緒にこの学校を受験した。正直、どこでも良いと思っていた。しかし、朝陽が持ってきたこの私立高校のパンフレットを見たとき、受験するのをやめようかとさえ思った。パンフレットに書かれていた「紳士淑女たれ」という言葉が、どこか気取っていて、少し裕福な子たちが通う学校のような印象を受けたからだ。


 浩太の家は特別貧しいわけではない。多少学費が高くても困ることはないだろう。しかし、こういう学校は親の身元調査などがありそうで、そうなれば浩太の過去もいずれ知られることになる。浩太自身が何か悪い事をしたわけではない。それでも世間から憚られるものはあるのだ。しかも、思っていた以上に偏差値も高かった。


 中学に入ってから、人に何か言われるのが嫌で勉強は頑張っていたので、成績的には問題ないはずだったが、自分が馴染める場所ではないような気がした。


 陽気で元気いっぱいな朝陽は、名前の通りの性格ながら成績も良かった。その朝陽が「この学校の校風はいい」と強く勧めるので、一応受験はしてみることにしたが、公立高校も併願していた。ところが、面接試験でのあるやり取りを経て、浩太はこの学校に入りたいと思うようになっていた。面接中、浩太は担当の教師に質問した。


「こういう学校では、親や親族に犯罪者がいたら不合格になりますよね?」


どうせそれで落とされるだろうと思い、わざと聞いたのだ。大人たちがどんな顔をするのか見てみたいという好奇心もあった。だが、彼らは一切顔色を変えなかった。表情も微動だにしない。最初から落とすつもりでどうでもいいと思っているのかとさえ思った。


「わが校のパンフレットをご覧になりましたか?」


中央に座っていた女性が、浩太の問いに対してそう返した。


「はい」

「そこに『紳士淑女たれ』という言葉があったのを読みましたね?」

「はい」

「それが、わが校の校風です」

「それはつまり、紳士や淑女――家柄の良い人たちが通う学校だという意味ですよね? 親族も立派な人ばかりで……」

「あなたは、何もわかっていません」


その女性はまっすぐに浩太を見て、きっぱりと言い放った。


「お金持ちで名門の出であっても、必ずしも紳士淑女であるとは限りません。そして、貧しい者が必ず卑しい人間だということもありません。紳士淑女とは、何事にも毅然とし、品位を損なうような行動を取らない人間のことです。親がどれほど立派で、どれほど財力を持っていても、それは本人とは関係ありません。それをひけらかすような者は、わが校の校風にはそぐいません。逆もまた然りです」


浩太は、その言葉を何度も心の中で繰り返した。

それはつまり――浩太の身内にどんな人間がいようと関係ない、ということなのか。否、そんな言葉は表向きのものにすぎない。そう思ってしまう。これまで何度もそういう大人たちを見てきたのだ。表では優しく、裏では噂話に興じる人々を。


「でも、僕には……」


言いかけて、言葉を飲み込んだ。


――僕には、人殺しの身内がいる。


それを口にするのはやはり重い。それに、それが“現実”ではあっても、“真実”ではない。浩太はそう信じている。


「身内にどのような人物がいようと、それはあなたの人格には関係のないことです。恥じるべきは、そのことで自分の道を踏み外すこと。何があっても、奢らず卑下せず、己の道を進みなさい。それが、自分の人生を切り拓くということです。そういう人間を、私たちは“紳士淑女”と呼んでいます。そして、わが校はそうした若者の成長を支える場だと思っています」


きっぱりとそう言い切ったその女性の姿は、それまで浩太が見てきた大人たちとは違って見えた。彼女がこの高校の学園長だと知ったのは、家に帰ってパンフレットを見直してからだ。パンフレットには写真も載っていたのに、受験前はろくに見ていなかったので全く記憶に残っていなかった。


 この時、浩太は初めてこの高校に興味を持った。でも、遅すぎる。もっと早く知っておくべきだった。あの朝陽が勧めた学校だ。金持ちのボンボンばかりが集うような場所であるはずがなかったのに。どうして最初から駄目だと決めつけてしまったのか、改めてそう思った。あの事件以来、諦め癖がついてしまっている。


 あんな質問をしてしまった以上、絶対に落とされると思った。それに、学園長の言葉が全て本音だとも限らない。ああいう場だから、あんなことを言っただけかもしれない。大人には建前というものがある。人は平気で嘘をつく生き物だ。大人は、特に。大人の女は、信用できないという思いが浩太の中には根付いている。


 だが、結果は意外なことに――合格だった。あの時は内心、やった!と、小躍りしてしまった。

お読みいただきありがとうございます。

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