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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-4-⑦:クリスマスの訪問と過去の断片

舞奈にそう言われて、ああ、そうだったのか、と浩太は腑に落ちた。ずっとどこかで見たことがある──そんな気がしていた。


(そうだ、依智伽ちゃんだ)


あの、どこか作り物めいた笑み。少しも笑っていない、冷めた目。あれは、依智伽の笑い方だ。依智伽は梗子とよく似た顔立ちだったから、和とは似てるとは思えない。それでもあの笑みが依智伽と重なった。


「依智伽ちゃん……今頃、どうしてるのかな」

「養子に貰われていったって話だから。きっと幸せになってるよ」

「……そうだよね」


舞奈もうちに引き取ることには難色を示した。そのことを、どこか後ろめたく思っているのかもしれない。浩太自身もそうだったから。そんな話をしているうちに、朝陽の家に着いた。チャイムを押すと、咲琴が出てきた。


「いらっしゃい」

「こんにちは。今日はお招きいただき、ありがとうございます」

「なにそれ、堅苦しい挨拶。全然似合ってない」


咲琴は吹き出すように言って、浩太をからかった。


「ほんと、無理しちゃって。咲琴お姉ちゃん、こんにちは」


舞奈も笑いながら続ける。浩太は少しムッとしたが、努めて表に出さないようにした。


「さ、早く入って。家から歩いてきたんでしょ? 寒かったよね」

「お邪魔します」


朝陽の家は浩太の家から電車で一駅。夜なら電車に乗るが、今日は日が高く、舞奈と一緒だったので歩いてきた。駅まで家から徒歩十分ほど、降車駅から朝陽の家まで歩いて五分。浩太の家から朝陽の家までは歩いて二十分ばかり、だから電車に乗ってもかかる時間はそれほど変わらない。ただその道の途中には、民家も人気もない場所がある。男でも、夜は少し不気味に感じる場所だ。なので日が暮れてるときは、電車に乗って帰る。駅から商店街を抜ければ、明るい道を通って帰れるので。


「お母さんはまだパートから帰ってないけど、フライドチキンとかピザも用意してあるの。夜までにはケーキを持って帰ってくるって言ってたし」

「ありがとうございます」


洋菓子店にパートに出ている朝陽の母は、クリスマスの繁忙期に休むわけにもいかず、今日は出勤だという話を、朝陽からあらかじめ聞いていた。


「ねえねえ、朝陽くんのお母さんが行ってる洋菓子店って、ル・ソレイユじゃないよね?」


舞奈が、浩太に小声で耳打ちした。


「残念ながら、違うよ」


舞奈の声が聞こえたのか、咲琴が振り返って答えた。


「ル・ソレイユって、去年オープンしたばっかりなのにすごい人気よね。お母さんが行ってるお店の店長さん、最近すっかりお客取られてるって愚痴ってるわ。私もまだ食べたことないの。一度食べてみたいけど、さすがに他所のケーキ買って帰るのもね」


咲琴なりに、気を使っているのだろうと思った。とはいえケーキなんて、どこで買っても大差ないのでは──と浩太は内心思ってるが、口には出さなかった。


「デザインがすっごく可愛いって、友達が言ってました!」

「そうなの?可愛いケーキっていいよね」


舞奈の言葉に、咲琴は興味津々といった顔になる。


(デザインなんて、どうせ食べれば一緒なのに)


浩太はそう思ったが、やはり黙っておくことにした。女の子って、なんでこんなに可愛いものが好きなんだろう。そう思った時にまた和の顔が浮かぶ。その店のケーキを取に来たと言ってたが、和自身はそういう可愛い物に興味を示さないような気がする。


「浩太」


リビングから朝陽が顔を出した。


「まだご飯には早いし、俺の部屋でゲームでもやる?」

「えっ、なに言ってんの? 折角クリスマスに来てもらったのに、自分の部屋にこもる気?」


咲琴が呆れたように眉をひそめた。


「だって、まだ時間早いし、夜までいるんだしさ。お母さんが帰ってくるまでは大したご飯ないじゃん。帰ってきたら、ちらし寿司作るって言ってたし」

「そりゃ、まあ……そうだけど。私、さっきピザもチキンも温めたのに」

「じゃ、それ持って部屋に行こう」


朝陽はリビングに戻り、小皿にピザとチキンを盛って戻ってきた。浩太は、まあどちらでもいいかと思い、朝陽に従った。


「仕方ないわね。じゃあ舞奈ちゃん、私の部屋に来る? この前あげるって言ってた、私の昔のカンフー衣装、何枚か見せてあげる」

「わあ、見たい!」


舞奈は目を輝かせて喜んだ。いつもは生意気だとしか思わない妹だけど、その顔を見て、浩太はどこかホッとした。


「浩太、深見さんのことだけど──」


朝陽は部屋に入るなり、口を開いた。さっきから何か話したそうにしていたのは感じていた。


「何?」

「この間、偶然、小学校の同級生に会ったんだ。中学は違うから浩太は知らないやつだけど……その同級生、ずっとサッカーやっててさ。話してたら、深見さんと同じチームだったんだって」

「なんて名前?」


和と同じチームなら、試合で顔を合わせているはずだ。覚えているかもしれない。


「大谷。大谷優斗」

「大谷……? ああ、覚えてるよ。話したことはないけど。確か……キーパーじゃなかった?」

「そうそう。ゴールキーパー。やっぱ覚えてるんだ」


がっしりした体格と、四角い顔。強いキーパーで、彼がゴールにいると、どんなシュートも弾かれてしまう気がしていた。なので印象は強く残っている。


「で、その彼が何か言ってたの?」

「ほら、深見さんってさ、お母さんが亡くなってサッカー辞めたって言ってたじゃん? でも──そうじゃないみたい」

「……え?」

「小学校を卒業する前に辞めたらしい。それも、お母さんが原因で──」

「……お母さんが?」

お読みいただきありがとうございます。

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