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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-4-⑥:和と妹の舞奈の再会

「あら、上條くん」


後ろから声をかけられて振り向くと、そこには和がいた。


「深見さん」

「偶然ね」

「深見さんの家って、このあたり?」

「ううん、叔母さんに頼まれて、ケーキを取りに来たの」

「ケーキ?」


横から舞奈が口を挟んだ。


「あっ、もしかして、ル・ソレイユのケーキ?」

「ええ、そう。叔母さんがあそこでクリスマスケーキを予約してて」

「へえ、わざわざこんなところまで?」

「お兄ちゃん知らないの?あそこのケーキ、今すごい評判なんだよ。いつも売り切れててさ。元々有名店で働いていたパティシエの人がやってるんだって。私もまだ食べたことない」


そんな話、初耳だった。一年ほど前にオープンしたケーキ屋で、確かに通学のときに毎日店の前は通っていたけど、浩太が通る時間はいつも閉まっていた。朝はともかく、帰りの夕方も閉まっているのだから、正直営業してるのか疑っていたほどだ。


「毎日、数を決めて作ってるらしくて、売り切れたらすぐ店閉めちゃうんだって。だいたい三時くらいには終わっちゃうみたい」


なるほど、そういうことだったのか。


「こちらは、上條くんの妹さん?」

「あ、うん。舞奈っていうんだ」

「こんにちは、舞奈ちゃん。前に会ったことあるけど、大きくなってて分からなかったわ」


そう言われて、舞奈は浩太の顔を見た。浩太も、どこで会ったのだろうと首をかしげる。


「ほら、サッカーやってた頃。舞奈ちゃん、お母さんと一緒に応援に来てたじゃない」

「ああ、そうだった」

「お兄ちゃん、サッカーって?」

「小学校のとき、俺、サッカーやってただろ。覚えてない?あのときライバルチームにいた――」


浩太が言いかけると、舞奈は和の顔をまじまじと見た。誰か思い出そうとしているようだ。無理もない、舞奈だって当時はきっと和のことを男の子だと思っていたはずだ。


「あ、もしかして――わっちゃんお姉ちゃん!」


意外なことに、舞奈はそう言った。ということは、和が女の子だったことを知っていたのか……。


「そう、思い出した?」

「うん。でも、あの頃と全然感じが違う」

「もう高校生だしね」

「ふーん。同じ高校だったんだ、お兄ちゃんと」


そう言いながら、舞奈はじっと和を見つめた。


「そう。でも上條くんは、ぜんっぜん気づかなかったのよ」


和がそう言って笑うと、舞奈はほんの少しだけ眉をひそめた。


(ん?)


舞奈がこんな表情をするのは珍しい。


「じゃあ、またね。上條くん」

「あ、うん」


なんとなく、今日の和は上機嫌に見えた。クリスマスだからだろうか。いや――それだけではない気もした。和の背中を見送りながら、浩太は舞奈に訊いた。


「おまえ、彼女が女子だって知ってたの?」

「うん。だって何度かおトイレで一緒になったし。私も最初は男の子だと思ってたから、初めて女子トイレで会ったときはびっくりした」

「そんなの、全然聞いてなかったぞ」

「だって、お姉ちゃんが『みんなには内緒ね』って言ってたもん」


――なんだか、自分だけ取り残されていたような気分になる。


「でも、なんか…前と違うよね」

「まあ、今は見た目も完全に女子だしな」

「そうじゃなくて、なんていうのかな…感じ? 雰囲気?」


それは浩太も感じていた。


「昔はもっと、太陽みたいな子だったのに」

「……彼女にもいろいろあったんだよ」

「そういえばさ、さっき『深見さん』って呼んでたけど、わっちゃんお姉ちゃんって、確か佐藤じゃなかった?」

「おまえ、よく覚えてるな」


浩太は和に言われるまで忘れていた。舞奈は当時まだ小学校二年生だったはずだ。


「お母さんが、時々わっちゃんお姉ちゃんのお母さんと話してた。そのとき“佐藤さん”って呼んでたの、覚えてる」

「へえ、そうだったんだ」


浩太には、和の母親の記憶はまったくない。


「そのお母さん、亡くなって、叔母さんの家に引き取られたんだって。だから名字も変わったんだよ」

「そうなんだ……お姉ちゃんのお母さんも、死んじゃったんだ」


そう言って、舞奈は少し俯いた。死んだ母を思い出したのかもしれない。

「深見さんのお母さんって、どんな人だった?覚えてる?」

「あー、えっとね。いつも綺麗にしてた。お化粧とか服とか。爪もカラフルで、子ども心にお絵描きしてるみたいって思ってたけど……あれ、ネイルだったんだね」

「へえ、マジでよく見てるな」

「だって、目立ってたよ。でもうちのお母さんが、こんな場所にあんな派手な爪で来るなんてって、呆れてた。私はキラキラしてて素敵だなって思ったけどな」


そんな女性、いただろうか……。試合のことしか頭になくて、他の母親たちの印象はほとんどない。それに、試合が終わるとすぐ帰っていたから、他チームの母親と話す機会なんてなかった。


「わっちゃんお姉ちゃんのお母さんって、なんで死んだの? 病気?」

「あー、うん……たぶん、そうだったかな」


(自殺した――なんて言えない)


「ふーん……なんか……」


舞奈は何か言いかけて、口をつぐむ。


「何?」

「なんか……さっきの笑い方」

「笑い方がどうかした?」

「……依智伽ちゃんに、似てた」

「え……?」

お読みいただきありがとうございます。

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