錯綜1-4-④:朝陽の友情と和が隠しているもの
「何だったんだろうな、あの男。なんか、すごく嫌な感じだった」
朝陽の言葉に、浩太は小さく頷いた。
「でも、おまえはすごいな」
「何が?」
「どんな奴かも分からないのに、あんなふうにすぐ動けるなんてさ」
「だって、絡まれてたのクラスメイトだったじゃん」
「そうだけど……あいつが凶器でも持ってたら、ただじゃ済まなかったかもしれないぞ」
「そんなの、考える暇なかったよ。だって、深見さん、本当に困ってたみたいだし」
浩太はうなずきながらも、自分には朝陽のような行動はできなかったことに、少し情けなさを感じていた。
「男は女を守るようにできてる、ってさ」
「は?」
「うちの父さんがよく言ってる。もっとも、うちの姉ちゃんにはその必要ないけどな。並みの男よりずっと強いし。もし絡まれてたのが姉ちゃんだったら、俺は迷わず隠れる。巻き添えでケガなんかごめんだし」
そう言って朝陽は笑った。何もできなかった浩太を責める気はさらさらないようだった。
「朝陽……」
「人には向き不向きがあるんだよ。俺は考えるより先に動くタイプで、浩太はちゃんと考えてから動く。どっちが正しいってもんでもない」
「おまえ、本当にいいやつだな」
思わず、そんな言葉がこぼれる。
「だろ? 今ごろ気づいたのかよ」
胸を張る朝陽に、浩太は心から朝陽のこういうところが一番好きだ、と思った。
それにしても、あの男……。和とは一体どういう関係だったのか。ただの通りすがりとは思えなかった。まるで、以前から知っていたかのような態度。そして最後に言い残した「あれは俺の獲物だ」という言葉が引っかかる。"獲物"――それは、和のことなのか?そのまま二人は駅構内に入り、和の姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
翌日、和は学校を休んだ。入学以来初めてのことだった。担任の話では、家から「熱が出た」と連絡があったというが、浩太の頭には昨日の出来事がちらついて離れない。まさか、あの男がまた現れて、何か――そんな思いが頭を過ぎる。
「深見さん、大丈夫かな」
休み時間、朝陽がそっと話しかけてきた。浩太もまったく同じことを考えていた。
「うん……気になるよな」
「昨日の男、なんか昔から深見さんを知ってるような感じだったし」
「だよな」
気になって仕方がなかったが、二人にできることなど何もないように思えた。
だがその翌日、和は何事もなかったように登校してきた。浩太や朝陽と顔を合わせても、特に昨日のことには触れない。話を聞きたかったが、和の拒むような目を見て、何も言えなかった。しかし放課後、二人が校舎から出ようとしていたときだった。背後から声がかかった。
「この間は……ありがとう」
和だった。まるで周囲に人がいなくなるのを待っていたかのように、二人に歩み寄ってくる。彼女の口から礼の言葉が出るとは意外だった。ずっと触れてほしくない様子だったから。
「あ……ううん。大丈夫だった?」
「ええ」
何の抑揚もない、感情を押し殺したような声。いつものように光のない和の目がそこにあった。少し間を置いて、朝陽が尋ねる。
「あの男って……深見さんの知り合い?」
「知らないわ」
「ほんとに?」
「ええ。急に絡んできたの。酔っぱらってたみたい」
「でも、深見さんのこと、よく知ってるみたいな口ぶりだったけど」
「口から出まかせよ。きっと誰かと間違えたんだと思う」
「間違えた……?」
「ええ。だって、私はまったく知らない人だったもの。それに、本当に困ってたの。木島君が助けてくれたから。ちゃんとお礼だけは言っておこうと思って。それじゃ」
それだけ言って、和はさっさと行ってしまった。残された浩太と朝陽は顔を見合わせる。
「今の……本当かな」
朝陽の言葉に、浩太は首をひねる。嘘に聞こえた。でも、そうと断言もできない。
もしかして和は、朝陽に礼を言いたかったわけではなく、あの男と自分は関係ない、それを強調するために、わざわざ言いに来たのではないかと。
「でも……誰にでも、他人に知られたくないことってあるしな」
浩太の言葉に、朝陽もうなずいた。
「そうだな。でも、なんか……深見さん、まだ困ってるような気がする。あの子、ため込むタイプだし。かといって、こっちから何か聞いても答えないだろうな」
「確かに……」
「ま、俺たちがここであれこれ考えても仕方ないよ。何かあって、助けられるときがきたら、また力になればいい」
その言葉に、浩太は「ああ、これが朝陽だ」と、改めて思った。明るくて、優しくて――その明るさに、何度救われたことか。まるで名前のとおり、窓から差し込む朝の陽光のように。その光が、和の心にも届けばいい。そう思った。
「……何だよ、人の顔じっと見て」
「いや、何でもない。ただ、俺は……恵まれてるなって」
浩太が言うと、朝陽は一瞬きょとんとした後、にっこり笑った。
「俺はさ、そんなことを言えるおまえが、すごいと思うよ。俺なら……」
そして、ふと言葉を止める。
「ん? どうかした?」
「……いや。おまえが俺の友達でよかったって、思っただけ」
そう言って、朝陽は浩太の肩にぽんと手を置いた。その言葉は、浩太が朝陽に伝えたかったそのままだった。朝陽が浩太と同じ思いでいてくれる事が嬉しい――和にも、朝陽のような友がいればいいのにと。ふと思った。
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