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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)
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錯綜1-4-②:加害者って、なんのこと?

「自殺の原因って、何だったんだろう?」

「はっきりしたことは分かってないみたい。でも噂じゃ、お母さんが誰かに付きまとわれてたとか。で、ノイローゼ気味になって、衝動的に……って話」

「付きまとわれてたって、それってストーカーってこと?」

「うん、たぶん。詳細は分かんないけど、そんな感じらしい」

「で、その付きまとってたヤツの正体は?」

「深見さんは知ってたみたいで、何か話してたって聞いたけど……自殺だからね。もし殺されたんなら、そいつも捕まるだろうけど」

「ああ、そうか……でも、それが原因なら、実質、殺されたようなもんじゃないか」

「だよな。つまり、深見さんの言ってたことも、まるっきり嘘じゃなかったってことか」


 浩太は朝陽の言葉に頷きながら、和の言葉を思い出す。

──「ある事件の加害者でもあったの」

 和はそう言っていた。


「事件って、何だったんだろうな」

「ん? どういう意味?」

「ほら、深見さんの親が殺されたって話してた時、“ある事件の加害者でもあった”って言ってただろ?」

「ああ、そう言えば……」

「当時の深見さんの苗字って、なんだった?」

「あ、そうそう。“佐藤”だって」

「佐藤?」


 その名を聞いた瞬間、記憶の断片が蘇る。確かに「佐藤」だった。ただ、あまりに平凡な名前すぎて、思い出せなかっただけかもしれない。サッカーチームにいた頃、あの子は「わっちゃん」って呼ばれていて、そればかりが印象に残っていた。


「どこにでもいそうな名字だよな」

「うん」

「それで何か出るかな」

「あとで、ちょっと検索してみようか」

「そうだな……でも、もし本当に事件があったなら、今日会った、その深見さんの近所に住んでいた先輩も何か覚えてるんじゃないかと思うけど、そういう話は全然してなかったな」

「それもそうだよね。じゃあ、あれもでまかせ?」

「うーん、どうだろうな」


でも損ないい加減なことばかり言う意味が分からない。それにあの時、あの言葉を口にした和は嘘を言ってるようには見えなかった。他に何かあるという事なのではないか――。


「でもさ……人の過去をこうして探ろうとするのって、ちょっと後ろめたいな」


 浩太のつぶやきに、朝陽も頷いた。


「だよな。じゃあ、この話はここまでってことで」

「うん、それがいいかもな」


 そう言ったものの、やはり気になる。朝陽にあんなことを言ったばかりなのに、浩太は帰宅後、ついパソコンに向かって「佐藤」という姓と「事件」というワードで検索を始めてしまった。何かが見つかっても、自分だけの胸にしまっておくつもりだった。


 しかし、何もヒットしなかった。いくつかのニュース記事や掲示板の書き込みを確認して、浩太はようやく手を止め、大きくため息をついた。


(……俺、何やってんだ)


 もし自分が逆の立場だったら――過去を勝手に探られたら、きっと不快に思うだろう。なのに今、まさにそれをしている。言っていることと、やっていることがまるで違う。それが情けなくて、自己嫌悪に襲われる。


 翌日、朝陽と顔を合わせたとき、彼もまた同じように検索していたことを打ち明けた。結果は同じだった。


「お前も調べたんだな」

 浩太の言葉に、朝陽は「やっぱり」と言いたげな顔をした。


「うん……なんか、気になっちゃって。でも、ちょっと罪悪感ある、詮索したみたいで」

「でも別に、何かを暴こうってわけじゃないんだしさ。もし知ったからって、それで何か言おうって思ってたわけじゃないし」

「まあ、そうだけど……」

「そもそも、あんな気になる言葉を切り出したのは深見さんなんだし。彼女が何も言わなきゃ、俺たちだって詮索しなかった」

「そう言われると、そうだよな」


 朝陽の言葉に、浩太は少し気が楽になった気がした。実際、切っ掛けは和自身が意味深な言葉を口にしたせいだ、と。


「でもさ、なんであんなこと言ったのかな」

「さあ……」

「やっぱよく分からない女史だ」


 話しながら、浩太は教室の向こうの和に目を向ける。昼休みはみんな、それぞれ仲の良い友人やグループと一緒にいるのが常だ。でも彼女だけが一人机に座り、ノートに何かを書き込んでいた。予習か復習か、それとも別の何かかは分からない。ただ、彼女はあまり人と群れないタイプだった。クラスで浮いているわけではないし、皆と仲が悪いというわけではないが特別親しい友人もいないように見える。


 それでも、文武両道の和は、クラスメイトたちから一目置かれている。ただ、どこか近寄りがたい雰囲気があるのも事実だった。昔の和は、もっと明るく、人の輪の中で笑っていた。まるで陽だまりの中にいるような、そんな存在だった。今の彼女が変わってしまったのは、やはり母親の件が関係しているのだろうか。そんなことを思っていると、ふいに彼女が顔を上げ、目が合った。


 一瞬、眼鏡の奥のその瞳が、誰かのものと重なったように感じた。


(ん……?)


 今、脳裏に浮かびかけたその顔は、誰だったのか。確かに“どこかで見た目”だ。昔の記憶ではなく、もっと最近――あの目を見た気がする。だが、どこで、誰だったのか、思い出せない。


 ただの気のせいか――いや、何か引っかかる。そう考えているうちに、和はまた視線をノートへと戻した。

お読みいただきありがとうございます。

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