陰影1-1-⑬:目撃者の死
しかし事実として、そのおじさんが依智伽の父親であるなら、彼はどうやって依智伽の居場所を知ったのか。偶然なのか、それとも意図的に探し出したのか。そのどちらにしても、説明のつかない不可思議さが残る。
「偶然、出会っただけ」、そう言ってしまえばそれまでだ。けれど、そんな都合のいい偶然があるだろうか。とはいえ、世の中には数奇な縁というものも存在する。不遇な境遇にある子どもに、神がわずかな救いを与えた。そんな考えが頭をよぎり、鳴海は苦笑した。
医者である自分が「神の采配」などと考えるのは現実離れしている。それでもそう思いたくなるほど、依智伽という存在には何かがあった。
それから何度も公園に足を運んだが、「おじさん」と思しき人物に出会うことは一度もなかった。依智伽の言葉を信じるなら、その人は「仕事で埼玉に行った」という。もう来ないのかもしれない。秋の風が冷たくなり始めた頃、公園のベンチにひとり腰を下ろしながら、鳴海はふと空を仰いだ。依智伽の小さな声と、あの作られた微笑みが、静かに胸の奥で揺れていた。
鳴海は依智伽との面会のあと、桃香に梗子の傷害事件を起こした人物の出所後の居場所が分からないかどうか聞いた。
「それは難しいわよ」
「そうなの?」
「未成年なら保護司とかがつくけど、成人男子にはそういう制度はないの。仮釈放中なら保護観察所に出向く義務があるけどね」
「そこで何か分からないの?」
「保護観察所っていっても、監視してるわけじゃないのよ。せいぜい“再犯していないか”って近況を聞くくらい。しかも仮釈放中だけ。満期まで服役したり、満期期日がきたら、もう保護観察も終わり」
「そうなんだ……」
鳴海は頷いたものの、その表情には釈然としない色が残った。桃香は少し声を落として続けた。
「何?三芳梗子の傷害事件の被疑者、つまりあの男に何かあると思ってるの?まさか、彼が梗子さんを殺したとか?」
「あ、ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
鳴海は言葉を選ぶようにゆっくり話した。
「実はね、この間、三芳さんの娘を診察したの。その子がちょっと変わっていて……」
「変わってるって、どういう風に?」
桃香が身を乗り出す。
「うまく言えないんだけど、妙に落ち着いているというか……。もしかしたら父親に会っていたのかもしれない。だから、少しでも手掛かりがあればと思って」
桃香は腕を組み、少し考えるように黙り込んだ。やがて、ふと視線を上げて言った。
「ねえ、三芳梗子が殺された事件と、島崎さんの事件。あれ、何か関係あると思わない?」
「え?」
鳴海は意外そうに目を瞬いた。そんな可能性は一度も考えたことがなかった。
「関係って……別の事件でしょう?どう考えても繋がらないと思うけど……?」
「でも、三芳梗子は島崎朱音の事件の“犯人の目撃者”だったのよ。その彼女が殺された。本当にただの偶然?同じ犯人じゃないという確証もない」
「でも、朱音の事件から九年も経ってるのに……今さら何のために?」
「例えば、最近になってまた“出会ってしまった”とか、“何かに関わってしまった”とか。そういうこと、ないとは言い切れないわ」
鳴海は眉をひそめた。
「警察はそう見てるの?」
「いいえ、まだそこまでは。でも事件は、あらゆる角度から見る必要があるの。たとえ小さな可能性でも、検証する価値はあるわ」
「でも、新珠さんは三芳さんの事件を担当しているわけじゃないでしょう?」
「そうね。まだ容疑者もいないもの。でも気になってる事件なの。だって、島崎さんの事件に関わった人物が今度は殺されたのよ?何か繋がりがあるかもしれない。もしそこが突破口になれば、島崎さんの事件も……」
鳴海は黙って頷いた。その時、ふと思い出したように言った。
「あ、そうだ。朱音のご主人、日本に帰ってきているみたい」
「え?本当?」
桃香の声がわずかに上ずった。
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