錯綜1-3-⑪:鎧を身に着けるということは……
浩太は、何度か和が眼鏡を外すところを見ていた。大きくてくっきりした目は、眼鏡を取るとさらに印象的で、整った顔立ちがより際立っていた。――そんな顔を、どうして隠す必要があるのか。
周りの女子たちは、決められた制服の中でもそれぞれおしゃれを楽しんでいる。妹の舞奈だって、まだ中学生だがファッション雑誌を見てはオシャレを楽しんでいるように見える。女の子ってそういうものだと思っていた。それをわざわざ地味に、むしろ“ダサく”見せる意味が、浩太には分からなかった。
「伊達だって、気づいてたの?」
「あ、いや。俺じゃなくて、朝陽がそう言ってた」
「ああ、木島くんね。彼なら、目ざとそうだものね。なんか細かいところよく見てるし」
「それって、なんか意味があるの?」
「これは……弱い自分を隠すためよ。まあ、“鎧”みたいなものね」
「鎧って……」
それは鎧をつけなければいけない、何かがあるという事か。”鎧"という言葉の意味が何となくわかる気がした。周りから好奇の目で見られるとき、人には見えなくてもそれが必要になる。そうやって自分を隠してごまかしてやり過ごす。浩太は人と関わらない鎧をつけた。その鎧を脱がせたのは朝陽であるが……。
「なんだか喋りすぎちゃった。もう遅いし、帰りましょう。中間テストが終われば、学園祭の準備で毎日遅くなるわよ」
話を打ち切るように言って、和は鞄を手に立ち上がった。途中で遮られたような気がして、浩太は少し名残惜しさを感じながら、慌てて鞄を手に取る。そして和の後ろについて、教室を出た。そのままどう声をかけていいか分からず無言で校門を出た。
家に帰ると、浩太はまた今日の出来事を朝陽に報告した。もうまるで日課だ。
「ってことは、深見さんは浩太の幼馴染ってことか?」
「いや、そこまでじゃない。馴染みっていうほど親しくなかったし。練習試合でたまに顔を合わせて、その時に軽く言葉をかわす程度だったんで」
「それにしても、すごい偶然だな。高校で同じクラスになるなんて。お前、本当に全然気づかなかったのかよ」
「だって、俺、“わっちゃん”って、男だと思ってたから」
「そっちのほうが信じ難いわ。今の深見さん見て、少年っぽい面影なんて皆無だぞ。昔からインテリ女子って雰囲気、全開だし。サッカー女子だったなんて、まったく想像つかないよ」
「だよな」
「でも、なんかミステリアスだよな。謎めいた女子って感じがする」
「確かに」
「それに、なんで『親が殺された』なんて、そんな悪趣味な嘘をついたんだろうな」
「さあ……」
「もしかして、お前に興味があるとか?」
「なんでそうなるんだよ?」
「お前の気を引きたくて言ったのかもしれないじゃん。ほら、彼女、前からお前に気があったとか。せっかく高校で再会したのに、当のお前がまったく気づかないもんだから、あんな話でインパクト残そうとしたとかさ」
「まさか」
「ま、そうだよな。それじゃあ、いい印象は与えない。身構えちまうもんな」
「うん……」
第一、そういう風には、とても感じられなかった。確かに、浩太の過去に関心を寄せるそぶりはあったが、それは自分の境遇と重ねていただけのように思えた。とはいえ、“自殺”と“他殺”では、重みがまったく違う。
それでも、親が普通でない死に方をしたという点では、似たものを抱えているのかもしれない。とくに、自殺となれば、遺された子どもの心に穿たれる孤独や喪失感は計り知れない。まるで、自分は要らない存在だと突きつけられたような感覚。ある意味、殺されるより”理不尽な親の死”、かもしれない。
「父親は出てこなかったのかな?」
「父親?」
「ほら、母親は離婚してたって言ってたんだろ? ってことは、父親が生きてる可能性があるわけで。だったら、母親が亡くなった後、普通なら父親が引き取るんじゃないかって」
「ああ、そう言われれば……」
そのときは全然思い至らなかった。朝陽はそういうところにすぐ気が回る。昔からそういう細かいところに気が付く。浩太は目の前のことでいっぱいいっぱいになってしまう性質だ。
「全然、考えなかった」
「まあ、何か事情があったんだろうな。たとえば、すでに再婚してたとか。新しい家庭があれば、前の奥さんの子どもなんて、そう簡単に引き取れないもんだし」
「なるほどな。……お前、よくそこまで考えが及ぶよ。ときどき、お前のこと年上に思える」
「俺って気配りの人だからな」
自分でそう言ってのけても、何故か朝陽が言うと嫌味にも自惚れにも聞こえない。姉の咲琴もそうだ。彼女はどこか天然っぽく見えるけど、意外と人の心の動きに敏感なところがある。
和はこの数年をどんな風に過ごしてきたんだろう。母親の自殺があんな風に和を変えたんだろうか。その過去を知ってみたという気持ちと、知っても仕方がない、関係ない事だという思いが浩太の中でせめぎ合っていた。
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