錯綜1-3-⑩:隠された過去の秘密
「あんなこと、あったら仕方ないよね。私も、お母さんが死んだあとサッカーやめちゃったし」
あの頃、対抗チームにいた和なら、浩太の母の事件の事を知っていて当然だ。マスコミがあれだけ騒いでいたし、同じ町にいなくても耳に入るのは必至。しかしまさか和が、あの頃関わっていた人物だったと。
気付かなかったと言われても、性別を勘違いしていたのだから、気付くはずもない。
しかも名前まで変わってるし。それに、目の前にいる和は、あの頃の彼女とはまるで違って見える。いつも笑っていて、みんなの中心だったあの頃の和――。男の子だと思い込んでいたのも、無理ないと思う。
今の和は、あの頃のように無邪気に笑わない。でもわっちゃんだと思って改めてみるとあのときの面影が、くっきりと浮かんできた。でもあのときの彼女と今の和が重なるようで重ならない。
――この数年で、和にも何かあったのだ。
『私の親も殺されたのよ』
あの時の、ふいに吐き出された和の言葉が脳裏に蘇る。今、和は「親が死んで、叔母の家の養女になった」と言った――母親が“殺された”、というのは本当なのだろうか。
「そんな、いつまでも狐につままれたような顔してないでよ」
呆然としていた浩太に、和が無表情のままそう告げる。
「あ、いや……でも、驚いちゃって…」
それ以外の言葉が出てこない。
「それならそうと、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「何度か言おうと思ったんだけどね。なんとなく……気づいてほしいなって。でも、上條くん、全然気づかないから」
「それは……まぁ、そうだけど」
「それに、分かったからって、別に何かが変わるわけじゃないし」
「かもしれないけど……」
どこか、自分だけが知らなかったことに不公平感を抱く。
「第一、私だけ気づいてて、上條くんは全然気づかないって……なんか、それって何なの、って思ってた」
その言葉を聞いて、浩太は腑に落ちた。自分が一方的に“知らされなかった側”だと感じたのと、同じように、和も“自分だけが気付いた側”、にいたのだろう、と。
「でも、なんか――懐かしいね」
わっちゃんが和だったと分かった瞬間、急に親しみが湧いてくる。とは言ってもあの頃のように目の前にいる和を「わっちゃん」とは呼べそうにない。
「……あの頃に、戻れたら、いいのにね」
和は少し遠くを見るような目で、小さく呟いた。浩太の脳裏に、フィールドを一緒に駆けた日々の光景が浮かぶ。確かに、あの頃は良かった。サッカーの試合には、いつも母が応援に来てくれていた。あの日々が、ずっと続くと信じて疑わなかった。あのあと起こることなど想像する余地もなかった。
――まさか、あんなことが起きるなんて。
浩太の生活は、あの事件を境に一変した。表面上は今までどおり学校に通っていたが、周囲の目が確実に変わったのを感じていた。
「あの後、練習試合に行くたびに、上條くんいないかなって、探してた時期があった。でもやっぱり、いなくて……残念だった」
和が自分を“探していた”と聞いて、胸が少し熱くなる。一目置いていたのは確かだ。でも、当時はほとんど話したこともない。それでも、もし逆の立場だったなら、自分も同じように、彼女(彼)の姿を探していたかもしれない。
「でも……見つけても、声なんて掛けられなかったと思うけど」
「……そうだね」
浩太は、頷いた。
「深見さんのお母さんは……いつ亡くなったの?」
「中学に上がって、すぐよ」
「あの……前に“殺された”って言ってたのは……」
「あれは……忘れて」
「忘れてって……」
そんなこと言われても、あの言葉はもう、脳裏に深く刻まれてしまっている。
「あれは嘘よ。母は、自殺したの」
あまりにも淡々とした口調に、聞き間違いかと浩太は思わず聞き返しそうになった。
――今、なんて言った……?
「……あの人は、弱い人だった。私は、あんなふうにはならない。絶対に」
一瞬にして和の表情が変わった。固く強張ったいつもの冷たい表情。少し強くなった声の調子に、浩太は次の言葉を飲み込む。
「……もう、やめましょう。昔のこと話しても、しょうがないわ。お互い、楽しい話じゃないし」
確かに、浩太だって母の事件についてあれこれ聞かれるのはうんざりだし、自分から語りたいとも思わない。けれど、それでも和の話は、どこか中途半端で引っかかる。でも気にかかる言葉を口にしたのは和の方だ。そんなことを思うのは他人事だからなのだろうか。それとも自分も、興味本位で詮索する連中と同じ……?そう思ったとき、浩太はそれ以上、踏み込めなかった。
「……あの、もう一つ聞いてもいい?」
「なに?」
「なんで、伊達眼鏡なんてしてるの?」
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