遠因2-2-⑲:縁談をめぐる微妙な空気
「あの……今日はありがとう。いつもの寛ちゃんでいてくれて良かった」
「わ、私こそ」
「もっと早く来たかったんだけど、なんとなく敷居が高くて。でも、多香ちゃんが誘ってくれて、思い切って来て良かった。寛ちゃんとは今まで通り、幼馴染としてこれからもよろしく」
「あ、え、ええ。もちろん。あ、でも、宜君が結婚したら、それも……」
「結婚?そんなの、いつになるか分からないよ」
「だって、縁談が決まりそうだとか……」
「は?何の話?寛ちゃんに申し込んでからまだ一月ちょっとなのに、そんな簡単に次には行けないよ。俺そんなに切り替え早くないから……」
「でも、多香子さんが……」
「多香ちゃんが?」
多香子の言ったことは嘘だったのか?だとしたら、何のためにそんな嘘を言ったのだろう。寛子が気に病んでいるようだったから、安心させるために言ったのだろうか。
「あ、き、きっと多香子さんが私に気を遣って、そんな事を言ったのね。ち、違うなら良いの、じゃ」
そう言って、寛子は慌てて家の中に入った。何故だろう、胸がドキドキしている。脈も速く打っている気がする。頬も熱い。そして、宜之に縁談が無かったと聞いて、ほっとしている自分に気付く。
「あら、お義姉さん。もう入ってきちゃったの?ちゃんとお話し出来ました?」
「は、話って?」
「自分の気持ちを言いましたかってことよ」
「気持ちって……それより、多香子さん、私、熱が出たみたい。呼吸も早い感じだし、頬も熱いのよ。風邪かしら」
寛子の言葉に、多香子はあ~あ、という顔をする。
「お義姉さんって人は……お義姉さん、ご自分のこの一ヶ月の様子に気付いていないのですか。ぼんやりしたり、考え事して溜息ついたり。何を考えていたのか、ちゃんと振り返って下さい」
「何って……」
多香子のイライラした様子を見て、寛子は少し戸惑った。
「私、何か考えていたのかしら……」
「決まっているじゃないですか。ずっと宜之君のこと、気にしていたでしょう」
「あ、そ、それはでも、私が……」
「結婚を断ったから?断った相手のことを普通はそんなに考えませんよ。いいですか、お義姉さんは恋をしているんです!」
「こ……い……?」
いったい、多香子は何を言い出すのだろう。
「嫌だ、多香子さんったら、何を言い出すのかと思ったら」
「もう……」
多香子は大げさに頭を抱える。
「だいたい、その歳になってそんなことにも気付かないなんて、いくら何でも鈍過ぎますよ」
「気付かないって……だって、私は何も、第一恋って誰に?」
「ああ、もう!宜之君に決まっているじゃないですか。この一ヶ月、お義姉さんの心からずっと消えなかったでしょう。他に誰がいるっていうんですか。って、何で私がこんなことまで説明しなくちゃいけないんですか」
「どうしたんだ?」
多香子の声を聞きつけ、奥から晴治が出てきた。
「何だか、多香子さん怒っているみたいなの」
寛子は晴治の顔を見上げるようにして答える。
「だって、お義姉さんがあまりにも鈍いんですもの。私、一生懸命お膳立てしたのに」
「だから言っただろう、姉ちゃんは回りくどいやり方しても気付かないって」
「だって、自分の事なのに」
「こういう事にはまるで気が回らない人なんだよ」
「分かっているつもりだったけど……よりによって風邪を引いたかもしれないなんて。頓珍漢過ぎるじゃない、私、もう呆れちゃって『多香子さん、頬が熱いの』って、そんなこと聞く?そんなの決まってるじゃない」
多香子の言葉に、晴治は笑い出す。
「もう、笑い事じゃないわよ」
寛子は晴治と多香子の顔を交互に見ながら、二人が何の話をしているのか考える。
「俺、ちょっと宜之呼び戻す」
そう言うと晴治は携帯を取り出す。その言葉を聞いた途端、寛子の心臓はまた早鐘のように打ち出す。
「あ、宜之、悪い、もう家入ったと思うけど、もう一度外出てくれる?」
「な、なんで……」
何故呼び戻すのか分からないのに、急に落ち着かなくなる。何なのだろう、この感じは。多香子のさっきの言葉が蘇る――「お義姉さんは恋をしているんですよ――」
(恋……?)
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