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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 遠因(えんいん)
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遠因2-2-⑱:気まずさとときめき

「あ、そ、そうなの」

「うん、今日、店もセールだし、多香子も手一杯だから」

「私、スーパーから帰ったらお店、手伝おうか?」

「そっちはアルバイトも来るから大丈夫。でも夕飯まで手が回らないかも。せっかく宜之が久しぶりに来るのに、出来合いのものっていうのもね」

「分かったわ」


夕飯の支度は、多香子と母が交互に行っていた。寛子はそれを少し手伝う程度で十ある。二人ともせっかちで、寛子が動くより先にやった方が早いと思っているらしい。実際、二人の動きはテキパキしていて、真似するのは難しい。手伝いを申し出た時も、断られた。


「あ、お父さんとお母さんは帰ってきて食べるの?」

「否、寄り合いの後、食事会があるそうだ」

「了解」


勤務後、寛子はスーパーで夕飯の材料を買った。パートだが従業員割引があり、母や義妹にも頼まれることが増えた。材料を選びながら、頭の中には宜之の顔が浮かぶ。会うのは一ヶ月半ぶり。心は自然と弾むが、同時に、どんな表情で会えば良いのかという不安も入り混じっていた。


 店はいつも十八時には閉まるのだが、今日はセールのため十九時まで営業していた。寛子が帰宅した時には、仕事帰りの若いOL風の女性たちが次々と訪れる。多香子がデザインしたポーチが口コミで評判になり、よく売れていると聞く。


 多香子は晴治と結婚する前、アパレルのデザイン会社に勤めていた。その才能を、呉服屋に嫁いでも遺憾なく発揮している。二人の子供の世話に家のこと、店のこと。多忙にもかかわらず、いつも明るく動き回っている。逆に、仕事が出来ることが嬉しいと多香子はよく言っている。晴治も、つくづく良い妻を得たと改めて感じる。


 十九時少し前、宜之が訪れた。夕飯の準備はほぼ整っていた。晴治と多香子はまだ片付け中で、宜之は居間で子供たちの相手をしている。


「久しぶり」


宜之は少し照れた笑みを浮かべ、寛子に向けた。


「あ、うん。いらっしゃい」

「寛ちゃんの手作りの夕飯を食べられるなんて、光栄だな」

「そんな大層なものじゃないわよ」

「寛ちゃんが作ってくれたってだけで十分だよ」

「何言っているの」


縁談のことを聞きたい気持ちが喉まで出かかったが、寛子はその言葉をぐっと飲み込んだ。


 晴治の子供たちは宜之が来ると嬉しそうにする。上の女の子は今年四歳になるが、とにかくよく喋る。幼稚園から帰宅すると、ひたすら話し続けるのだ。両親は孫の成長を喜ぶが、時折、疲れた表情を見せる。二歳の下の男の子は無口で大人しい。幼い頃の晴治によく似ている。


「寛ちゃんは元気だった?」

「ええ、特に病気もしていないわ」

「そうか。そういえば、寛ちゃんって子供の頃からあまり病気しなかったよね。小学校卒業の時、皆勤賞もらったんじゃなかった?」

「あ、ええ」

「六年間、無遅刻無欠席ってことだよね。すごいなあ」

「お義姉さんみたいな人は病気しないのよ」


店を閉めて中に入ってきた多香子が、笑いながら会話に加わった。


「なんか、お義姉さんって、病気していても気が付かなさそうですもの」

「確かに」


多香子の言葉に、宜之はうなずく。そこに晴治も入ってきて、うんうんと同意した。褒められているわけではないようだ。しかし、宜之が変わらず接してくれていることに、寛子は安堵した。話の流れで宜之の縁談のことを聞こうかと思ったが、そういう話は一向に出ないまま、食事は終わりを迎えた。


「お義姉さん、宜之君、そこまで送って行ってあげたら」

「良いよ、別に。送るって言ったって、うちの家すぐそこだし」


多香子の言葉に宜之は首を横に振ったが、強引に外に締め出された。二人きりになった途端、気まずい沈黙が流れる。その空気を破るように、宜之が口を開いた。

お読みいただきありがとうございます。

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