遠因2-2-⑯:拒絶と胸に残る痛みと迷い
「私、どんな気持ちだったのかしら」
まるで他人事のように、寛子は小さく首を傾げた。
「全く……寛ちゃんはもっと自分のことを考えるべきだ」
「自分のこと?」
「そう。自分の気持ちに蓋をして、流されるままに生きても……
「宜君…」
その言葉は胸に深く響いた。確かに彼の言う通りだ。今こそ、自分の気持ちをはっきりと口にすべき時なのだと。
「宜君の言う通りだわ。やっぱり、自分の意思をはっきり伝えなきゃ駄目よね」
「そりゃそうだ」
「……分かった。じゃあ、はっきり言うね」
寛子は一度小さく息を吸い込むと、まっすぐ宜之を見つめた。
「私、宜君とは結婚できない」
「え?」
突然の宣言に、宜之は目を見開き、言葉を失ったように固まる。
「な、何を言ってるんだよ。今、そんな話を」
「私、宜君のことをそういうふうに見たことは一度もないの。宜君は宜君。それ以上でも、それ以下でもないの」
「全然わからない…。それって、俺のことが嫌いってこと?」
「まさか。嫌いなんて、とんでもない。宜君のことは大好きよ。でも、それは……結婚とか男と女の"好き”という感情とは違う気がするの」
「違うって……どう違うんだよ?俺は寛ちゃんに、僕の奥さんになってほしいんだ。絶対に幸せにする。今までの辛い経験なんて全部忘れさせてやりたいって、本気でそう思ってる!」
「ありがとう。その気持ちとても嬉しいのよ、本当に。でもね、宜君にはもっと素敵な人が現れるはず。その人を」
そう言いかけた瞬間、寛子の胸の奥に、きゅっと掴まれるような痛みが走った。
(あれ……今の、何?)
「そんな人、現れるもんか!」
宜之の声が震える。
「寛ちゃんに、そんなこと言われたくない。俺は、今までずっと……ずっと……!」
言葉の続きを飲み込むように、宜之は拳を強く握り締め、その場に突っ立ったまま動かない。
(何かしら……。胸が痛い……?これって、罪悪感?)
寛子は胸に手を当て、思わず首を傾げた。宜之はしばらく彼女の様子を見ていたが、結局何も言わずに背を向け、そのまま去って行った。
寛子は胸を押さえたまま、呆然とその姿を見送る。
(この感覚は何かしら……息が苦しいような、なんかモヤモヤする……)
宜之の寛子に対する真摯な気持ちを断ってしまった事に対して罪の意識のようなものを持ってしまったのだろうか、でも何か違う様に感じる。その夜、夕飯を終えると晴治が険しい顔をして詰め寄ってきた。
「姉ちゃん、どういうこと?」
「え?」
「宜之が『姉ちゃんに振られた』って電話してきたんだ。なんか、泣きそうな声だったぞ」
その言葉に、寛子の胸が再びズキリと痛む。心の奥が妙にザワザワと波立つ。
「何?喧嘩でもしたのか?売り言葉に買い言葉とか?宜之ってたまに暴走する事あるから」
「そう……じゃないの」
「姉ちゃん、宜之のこと、好きじゃなかったの?俺、てっきり姉ちゃんも、って」
「そんなことない。宜君のことは大好きよ。でも、それは…その、そういうんじゃ……」
そこまで言って、寛子は口を閉ざした。
(“そういう”って、どういう意味?)
自分で言っておきながら、答えがすぐに出てこないことに寛子自身戸惑ってしまった。
「私、どうしちゃったのかしら」
「姉ちゃん?」
「何だか疲れちゃったみたい」
そう言うと、寛子はぼんやりとした足取りで自室へ向かった。なんだかすごく疲れた気分だ。そう言えば、今日はスーパーが立て込んで忙しかった、きっとそのせいだ、と寛子は自分自身に言い聞かせる。
でもなぜかスッキリしない。もっと違う何かが、心の奥底にこびりついているような感覚が取れない。部屋に入た寛子は、そのまま着替えもせず、ベッドにドサッと倒れ込むように横になった。
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